第572話 スカーフェイス

 〈ラング広場〉の命名式は、式典なのに午後遅くから始まった。


 《新ムタン商会》の〈ラオ〉に聞いたら、式典が終了するとそのまま、店ごとに宴会へ突入するためらしい。

 式典の終了を日没に合わしているってことだ。

 歓楽街のお店の集まりだけあって、式典のようなお祭りには、お酒が欠かせないのだろう。


 命名式は公園の前に設置された、天幕の中で挙行される。

 〈ラング広場〉と彫(ほ)られた真新しい石碑(せきひ)が、夕日で蜜柑色に光っているのが見えた。


 礼服に身を包んだお年寄りや初老の男性が中央にいて、その後ろに大勢の女性達が並んでいる。

 僕達は中央寄りの右側だ。


 許嫁達は舞踏会で着たドレスに、銀オコジョの襟巻をつけているので、結構お洒落だと思う。

 だけど、後ろに控えている女性達が派手過ぎて、大人しい学舎生にしか見えない。


 女性達はこの日のために新調した、シルクの際どいドレスを纏(まと)い、気合の入ったお化粧をほどこしている。

 後ろの方から良い匂いが漂ってくるし、振り向くと肩より上と太もも辺りが全員肌の色になっているぞ。


 「〈タロ〉様、私達は霞(かす)んでいますわ。目立つつもりはないのですが、これほど埋没(まいぼつ)するとは思いませんでしたわ」


 「私達を見ている人は誰もいないようです。皆さん、後ろの女性を見られています。すごい美人の人達ですね」


 「〈サトミ〉は、あんなエッチな服は着れないよ。それに、服がお花畑みたいに華やかで綺麗だね」


 「だっ、断固違うと言いたい。三人が一番美人で綺麗だよ。僕はそう思う」


 出席したくなかったのに、頼んで来て貰ったんだ。

 嫌な気持ちにさせる訳にはいかない。

 全力で褒めて、全力で後ろを見るのを止めて、全力で許嫁達のおっぱいを見よう。


 「嫌ですわ。胸をそんなに見てはダメです。周りに人がいますわ」


 「もう、〈タロ〉様は。後にしてください。今はダメです」


 「はぁ、〈タロ〉様はどこでもなんだ。そんなに見られたら、〈サトミ〉は恥ずかしいよ」


 許嫁達は、口々に文句を言ってくるけど、ほんのりと染まった顔は怒ってはいないようだ。

 僕の努力が実を結んだんだな。


 ホッと安堵感を覚えて周りを見ると。

 主催者の〈人魚の里〉を牛耳っている人達は、ニコニコと笑顔を見せているが、顔や手にキズがあるのも隠してはいない。

 スカーフェイスってヤツだ。

 傷がある顔がバイオレンスだよ。


 そのスカーフェイスが、僕に次々と頭を下げて挨拶にやってくる。


 「ははっ、お目にかかれて光栄だ。先日も大戦果をあげられたようで、さすがは英雄ですな」


 「わははっ、鋭い眼光をしておられる。偉業を成し遂げられるお人は、常人とは違いますね」


 僕は「お招きありがとうございます。《ラング領民》に成り代わり礼を言います」と返すのが精一杯だ。

 鋭い目は、おっぱいを見ていたからだとは言えなかった。


 この地位に就(つ)くまでに、幾多(いくた)の修羅場(しゅらば)を潜(くぐり)り抜けてきたんだろう。

 一瞬見せる真顔が、衝撃的で動揺するほど怖かったんだ。


 荒れ狂う暴力に耐えた分厚い皮膚の内に、暗い海の底で生きる深海魚の眼(まなこ)が埋め込まれている。

 笑顔の下にある冷酷な魂が、透けて黒い瘴気(しょうき)を放っているようだ。

 

 この人達と縁が深まったのは、やっぱりマズいよな。

 横に並んでいる〈ラオ〉と比べると、貫禄(かんろく)も脅威(きょうい)も段違いだよ。

 〈ラオ〉が善良で穢(けが)れがない少年で、チェリーボーイにしか見えないぞ。


 「〈ラオ〉って、童貞なの」


 「はぁー、急に何だよ。そんなわけねぇだろう」


 突然脈絡(とつぜんみゃくらく)のないことを言ったから、素(す)を出してしまったようだ。


 「ぷ、ぷっ、うははぁ、《伯爵様》は何て面白いの。この〈ラオ〉が童貞って、そんなバカな。コイツは女の敵なんだよ」


 〈ラオ〉の後ろに控えている〈ミオ〉が、堪え切れずに噴き出している。

 この〈ミオ〉という女は、〈ラオ〉の何だろう。

 嫁なのか。


 「そうか、やっぱり、〈ラオ〉はそうなのか」


 ふん、コイツは、高身長で隙がないイケメンだ。

 そこに、チリリとした危険と頭が良く悪さも持っている。

 影があって女性にモテる要素を、これでもかと備えてやがる嫌なヤツだ。


 牛耳っている人達に、生意気なヤツだと怒られて、〈人魚の里〉のドブ川に沈められたら良いと思う。


 「はぁ、《ラング伯爵》様、違いますよ。俺はまっとうな人間ですよ」


 また後ろで、〈ミオ〉が「ぷ、ぷっ」と笑い声を出している。

 そうだよな。

 こんなモテそうなヤツが、まっとうなはずがないよな。


 後ろの女性達を振り返らずに、許嫁達のおっぱいを見続けていると、牛耳っている人達の長老なんだろう。

 お年寄りが代表でスピーチを初めた。


 暴力の吹き荒れる世界で、こんなに長生きが出来たんだ。

 きっと、一癖も二癖もある、ひとかどの人物だと思う。

 スピーチの内容は、誘拐事件は一人の犠牲者も出さずに解決して、今日改めて〈人魚の里〉の安全を宣言したいってことだった。


 〈ラング広場〉の命名は、付け足しってことだ。


 事前に言われていたから僕もスピーチを行ったが、極短いものにとどめた。

 なにせ付け足しだから、時間をとってはいけないと思う。

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