第570話 広場の命名式

 「そうか。広場の名称の件は〈ソラィウ〉の交渉によるって、皆に言ってあげるよ」


 「ふふっ、それはありがとうございます。それとですね。広場の命名式へご領主様と許嫁様方に、ご臨席(りんせき)して頂きたいと要請されているのです」


 「えー、許嫁達も出席するのか」


 「そうです。〈人魚の里〉を牛耳(ぎゅうじ)っている人達からの、たってのお願いなのですよ。許嫁様方は、あの誘拐事件に大いに関係ありますからね。〈人魚の里〉は、安全になっていると宣伝したいようです」


 「でもな。〈人魚の里〉は歓楽街だし、怖い目にあった場所でもあるんだぞ。許嫁達が出席すると言うかな」


 「そんなことを言わずに、何とか頼みますよ。名称を変える取引材料として使ったんです。《新ムタン商会》の〈ラィオア〉からは、これ以上牛耳っている人達のメンツを潰したら、どえらいことになるって言われているんですよ」


 お前なぁ。

 勝手に出席を決めてくるなよ。

 〈人魚の里〉のドブ川が、お前の赤い血で染まっても僕は関知しないぞ。


 でもな。

 〈ソラィウ〉がドブ川の泥の中へ消えたら、執事の〈コラィウ〉がたぶん悲しむだろう。

 〈コラィウ〉には、僕が《ラング領》にいない間、いつも世話をかけているからな。

 一度だけでも、今度の休養日に話だけでもしてみるか。


 「皆、聞いて欲しいんだ。〈ソラィウ〉が決めてきたことなんだがな。〈人魚の里〉に、今度〈ラング広場〉って場所が出来るらしくって、その命名式へ出席して欲しいと言われているんだよ」


 「命名式に呼ばれているのは、〈タロ〉様なのですか」


 〈アコ〉が、ズバリと確信を突いてきたな。

 ちょっと言いにくいから、僕の言い方が曖昧(あいまい)だったから、まどろっこしいと思ったようだ。


 「それが、皆も出席して欲しいと言われているんだ」


 「〈ラィオア〉さん達の希望なのでしょうか」


 うーん、〈クルス〉は〈ラィオア〉の名前をいつ知ったんだろう。


 「うん、〈ラィオア〉もぜひ来て欲しいと言っているよ」


 「〈タロ〉様、〈ラング広場〉となったのは、どういう訳なの」


 そりゃそうだな。

 〈サトミ〉の疑問ももっともだ。


 「何でも。気の毒な境遇の女性と子供達を救ったのを、《人魚の里》の女性達が意気(いき)に感じたと言うことらしいが。たぶん、あんな事件があったので、何の被害もなく解決したと安全を大っぴらに示したいんだと思うな」


 「そうですか。あの事件の子供達を、《ラング領》に引き取ったことも、あるのかも知れませんね」


 〈アコ〉は悩んでいる感じだな。


 「歓楽街に〈ラング〉の名前が使われるのは、少し疑問が残ります。でも、〈ラング〉を貶(おとし)める訳ではないのですね」


 〈クルス〉は若干出席に近づいた感じかな。


 「聞いてばかりだけど、〈タロ〉様の気持ちはどうなの。〈サトミ〉達は〈タロ〉様が来てくれと言ったら、どこへでも行くよ」


 「えーっと、僕と一緒に来て欲しい。皆を沢山の人に見せて、自慢したいと思っているんだよ」


 「ふぅー、しょうないないですね。〈タロ〉様の我儘(わがまま)に付き合ってあげますわ。だけど着ていく服がありませんわ」


 「うふふ、そう言うことなら、〈ベート〉さんのお店に行きましょう」


 「へへっ、〈タロ〉様、どんな服が良いかな」


 〈ソラィウ〉、これは大きな貸だから覚えておけよ。


 花嫁衣装は高級店なのに、式典のドレスは〈ベート〉店で良いのか。

 そこには、衣装にかける熱量の差があるんだろう。


 「〈アコ〉様〈クルス〉様〈サトミ〉様、どうか我が夫〈ソラィウ〉を救ってください。私は《人魚の里》のドブを、浚(さら)いたくはありません」


 店へ入るなり、〈ベート〉が許嫁達へ土下座をする勢いで懇願(こんがん)してくた。

 思考が飛び過ぎだし、僕のことは無視なのかよ。


 それに、結婚もしていないのに、もう夫婦気取りか。

 夜の方は、既に夫婦並みなんだろう。

 何ていやらしいんだ。


 「〈ベート〉さん、顔を上げてください。私達は出席することに決めましたわ」


 「あぁ、ありがとうございます。これで、我が夫〈ソラィウ〉は救われました」


 大袈裟だな。

 それほど、〈人魚の里〉を牛耳っている人達がヤバいってことか。

 マフィアみたいな組織なんだろうか。

 そんなとこと、関係を持ってしまったんだな。

 かなり良くないんじゃないかな。

 どうしよう。


 「〈ベート〉さん、〈サトミ〉達は服を作りたいんだけど、暇はあります」


 「ほへぇ、暇は沢山ありますけど、命名式は直ぐそこですから、さすがに間に合いませんよ」


 〈ベート〉よ、そんな間の抜けた顔をするのは止めてくれよ。

 許嫁達が、僕を睨みつけているんじゃないか。

 いたたまれないぞ。


 「はぁー、日にちを確認しなかった私達も、どうかと思いますけど。やはり〈タロ〉様ですね」


 〈クルス〉よ、それはどう意味なんだ。

 泣いちゃうよ。


 「どうせ、そんなことだと思っていましたわ。命名式には、今ある服で我慢して今日は新しいのを作りましょう」


 「〈サトミ〉も、そうするしかないと思うな。その代わり、靴と鞄を買って欲しいの、〈タロ〉様」


 「そうですね、靴と鞄なら探せばあるでしょう」


 「はい。分かりました。おっしゃるようにいたします」


 「うふふ、〈タロ〉様、ありがとうございます」


 「ふふふ、〈タロ〉様、大変嬉しいですわ」


 「やったー、〈タロ〉様は太っ腹だね。沢山買いたいな」


 〈サトミ〉よ、君は変わってしまったね。

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