第568話 色んな思い出が詰まった場所
「ふふっ、ご領主様も、当たり前ですが貴族なのですね。そのような考えをされるとは思っていなかったです。私達夫婦は卒舎していないのに、参加する資格はありませんよ。ただ、学舎時代の友人の就職祝いを〈南国茶店〉でさせて頂こうと思っております」
「そうか。それは良いことだな。それじゃ僕からの就職祝いとして、〈南国茶店〉の飲み食いは全て無料としてあげるよ」
〈コネを使って捻じ込む〉なんて、無神経なことを言ってしまったから、ここはドーンとお金くらい出してやろう。
「えぇー、私と妻の友人は、ご領主様と何も関係がありませんよ」
「まあ良いじゃないか。《ラング領》の領主とその配下は、男前で太っ腹っていうことだよ」
「ありがとうございます。ご領主様は男気があって、尊敬出来る御方です。ここはお言葉に甘えておきますが、仕事で必ずお返しをしてみせます」
「ははっ、褒め過ぎだし、そんなに気にすることはないよ」
えぇー、褒めてくれるのは良いけど、〈《ラング領》の領主は男前〉とドキドキしながら言ったのに、そのことは全く肯定(こうてい)しないのかよ。
へぇー、自分はそうだけど、お前は違うと言いたいのだろう。
今直ぐに許嫁達と逢って、僕を優しく慰めて欲しいよ。
僕がいじけて、〈アーラン〉ちゃんが入れてくれたお茶を、ずずっと啜(すす)っていると、「〈タロ〉様」と呼ぶ声が聞こえてくる。
ひゃっほー、許嫁達が手を振りながら僕の方へ駆けてくるぞ。
僕の気持ちを遠くからでも、許嫁達は察知(さっち)してくれるんだな。
「〈タロ〉様、お願いがあるのですわ」
「〈南国茶店〉の二階が、手狭(てぜま)になったのです」
「〈タロ〉様、長椅子を運び出してもいい」
許嫁達の用事は、僕の気持ちとは何にも関係がなかった。
人が集まり過ぎて、〈ロロ〉に貸している〈南国茶店〉の二階に、もう入り切れなくなったようだ。
だから、長椅子を部屋から放り出して、立って集会をするつもりらしい。
長椅子を動かして屋根裏部屋に置くことの承認を、僕へ聞きに来たってことだ。
屋根裏部屋が、僕と許嫁達の秘密部屋だからだろう。
「はぁー、そんなに大勢集まっているんだ」
「えぇ、段々増えてきて、今は溢れているのですわ」
〈アコ〉が少し疲れた感じで答えてくれた。
思った以上に集まってしまったのだろう。
「うん、分かったよ。屋根裏部屋に運んでしまおう」
僕一人では長椅子は運べないから、〈リク〉に屋根裏部屋を知られてしまうけど、許嫁達が困っているんだ。
協力しない判断はあり得ない。
〈南国茶店〉の二階に行くと、確かに人が廊下まで溢れている。
長椅子を取りに部屋の中に入ると、〈ロロ〉が「〈《ラング伯爵》様、ご足労おかけいたします」と頭を下げてきた。
椅子を運び出す人夫なのに、《ラング伯爵》様と言われるのは何だか変な気がするぞ。
それに、〈先頭ガタイ〉は〈ヨー〉と、〈アル〉は〈メイ〉とニタニタと話していて、僕が入ってきたことに気がつかないようだ。
あっ、ひょっとしたら邪魔をされたくないので、気がついていないフリをしているのか。
何ていやらしいヤツらだ。
僕と〈リク〉は、階段が狭くて急だから、大変苦労して長椅子を屋根裏部屋まであげた。
長椅子を、縦にしたり横にしたり斜めにしたりして、ようやく運び上げることが出来た。
運び上げた時は、もうクタクタで汗をびっしょりとかいていた。
長椅子を入れた屋根裏部屋は、一段と狭く感じるし、長椅子に座れば天井に頭をぶつけそうだ。
「ご領主様が、コソコソされていたのは、この部屋だったのですね」
〈リク〉よ、コソコソしてたかな。
イチャイチャはしていたけどな。
〈リク〉が〈南国茶店〉へ帰っていくと、後は僕と許嫁達だけだ。
「〈タロ〉様、狭くなりましたね。まだ卒舎していませんが、この部屋は色んな思い出が詰まった場所ですわ」
「この部屋には、大変お世話になりました。もう直ぐ卒舎なのですね」
〈アコ〉と〈クルス〉が、少し遠い目をして懐かしそうに語っている。
だけどまだ、この部屋でイチャイチャするんだそ。
もうしないみたいに言うなよ。
「私と〈クルス〉ちゃんは、二階に戻ります。〈サトミ〉ちゃんは〈タロ〉様と残れば良いわ」
〈アコ〉と〈クルス〉が階段を降りていった。
「〈サトミ〉はこの部屋は初めてだったかな。せっかく上げたんだ。椅子に座ろうか」
「うん、〈サトミ〉はこの部屋は始めだよ。窓を開けてもいい」
〈サトミ〉は長椅子の上に乗り、窓を開けて外の景色を眺(なが)めている。
「〈タロ〉様、三階だから歩いている人があんなに小さいよ。あっちに見えるのは〈タロ〉様の《黒鷲学舎》なの」
「うん、そうだよ。あれが《黒鷲》なんだ」
「へぇ、立派な建物なんだね」
僕は少し寂しそうな〈サトミ〉の横で、一緒に《黒鷲》の屋根を見ている。
見た所で何とも思わないが、今は〈サトミ〉と同じ行動をする方が良いと判断したんだ。
〈サトミ〉は長い間、ただ外を見ていた。
「ふぅー、〈サトミ〉の横には、今〈タロ〉様がいてくれるんだね」
「うん、その通りだ。〈サトミ〉の横にずっといるよ」
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