第566話 なりそこなった僕

 今日の〈ヨヨ〉先生の「楽奏科」の授業は、嬉しいことに個人授業となっている。

 

 卒舎の前に三年間の集大成として、発表会を行うためである。

 「楽奏科」を選択している学舎生が、発表会で披露する演奏を〈ヨヨ〉先生に個別指導で仕上げて貰っているんだ。

 僕の番が、今日ようやく回って来たということだ。


 個人授業を行う〈ヨヨ〉先生が、毎回このような服装をされているとは思えないが、ぶっとんでいる服を着用されている。


 劇場の幕のようなキンキラで分厚い布を、身体に巻いておられるんだよ。

 脇の下から巻いておられるから、肩より上は肌がむき出しで、ちょっぴりお肉がついた腕がかなりいやらしい。


 脚の方は幕の長さが足らなかったのか、こちらもちょっぴりお肉で過剰な太ももを半分以上見せて、フニュフニュ感がとてもエロいと思う。


 僕のためだけにこの衣装を選んで頂いたのなら、この上ない喜びである。


 「〈タロ〉君のために、先生は劇場に扮装(ふんそう)してきました。先生を本番の舞台だと思って、自由闊達(じゆうかったつ)に演奏を行ってください」


 おぉ、やっぱり先生は僕のために、恥ずかしさを隠してこの衣装を着てくれたんだ。

 心とあそこに、熱いものが込み上げて、とても生き生きしてきたぞ。


 僕はリュートを抱(いだ)きながら、〈先生が劇場〉ということを良く考えてみる。

 でもいくら考えても、答えを導くことが出来そうにない。


 先生は人であり女性である。

 だけど劇場は、建物であり空間じゃないのか。

 人は建物で女性は空間なのか。

 何か深い意味が、ここに隠されているらしい。


 僕は先生という女性の中へ入って、リュートを空間で自由に演奏すれば良いのだろうか。


 ただ緊張と技巧のなさで、自由に演奏することは困難であると想像出来る。

 そう思ったら僕の頭の中で、唐突(とうとつ)に眩(まぶ)しい輝きが生(しょう)じていた。


 「はい、先生。僕は先生に当たって砕(くだ)ければ良いのですね」


 「ううん、〈タロ〉君。極めて惜しいですね。先生に当たるまでは、正解と言っても良いでしょう。でも、砕けては意味がありません。それでは貫(つらぬ)くことが叶(かな)わないのです」


 「えぇー、そうなんですか」


 「えぇ、貫くということは、中を突いて通るという意味です。中を突くには、砕け散(ち)ってしまうと不能となります。腰砕(こしくだ)けにならないための、準備が重要なのですよ」


 「あっ、その準備のために、個人授業をして下さっているのですね。先生の深い思いに感謝いたします」


 先生の言う通りだ。

 この前の戦いもそうだが、勇気を持って当たっても、僕が砕け散ってしまうと許嫁達をひどく悲しませるだけになる。

 先生は演奏会へ挑(いど)む心構えと合わせて、人生でとても大切なことを教えようとしてくれているんだ。


 「えぇ、先生は〈タロ〉君に、深い愛情を抱(いだ)いていますよ。だから先生は、このような扮装をしてきたのです」


 先生は何て素晴らしい女性だろう。

 劇場の幕というキワモノのコスプレをして、僕の人生の第二幕を応援してくれているんだ。


 「僕は先生の不肖(ふしょう)の教え子だと思います。先生のお顔を汚していないでしょうか」


 「ふっふ、〈タロ〉君は先生の顔を汚してはいません。それに、そうされても先生は怒ったりしないですよ。〈タロ〉君のリュートは、かなり良い線をいっています。演奏会でも問題ない演奏が出来ますよ」


 僕は先生のお褒めの言葉に気を良くして、時間一杯リュートを弾き続けた。


 〈ヨヨ〉先生は僕の演奏に合わせて、「そこが良いわ」「もっと強く」「さらに優しく」と、劇場の幕をはためかすようにヒラヒラとさせてくれました。

 脇の下から幕が落ちそうになるのも一度や二度ではなかったですし、お肉で過剰な太ももが見え過ぎて下着を履いていらっしゃらないと思うほどでありました。


 「はぁ、はぁ、先生は持てる力を振り絞って、〈タロ〉君を盛(さか)んに鼓舞(こぶ)しました。本番では、今日の劇場の先生を思い出して頂ければ、良い演奏が出来るのは確実だと思われます」


 僕は先生の熱い思いを聞いて、思わず眼がしらが熱くなってしまう。

 先生の授業もこれが最後だから、これまでの先生のエロい肢体が僕の脳裏に連続で動画のように流れていくようだ。


 あぁ、舞踏会の演奏に連れて行って貰えるような、先生のお気に入りにはどうすればなれたんだろう。


 「〈タロ〉君、先生からの最後の指導です。人生は自分で幕を開かないと始まりません。ですので〈タロ〉君は、これからは能動性をもっと発揮(はっき)してください。先生のお願いよ」


 うーん、意味が深いな。

 僕自身の手で幕をパァーっと開くのか。

 この言葉は、座右(ざゆう)の銘(めい)にしよう。


 〈ヨヨ〉先生の個人授業は、「あっ」と言う間に終わってしまった。

 先生が教室を出て行く時、先生の纏(まと)っていた幕が、桃色に輝いていたことを僕は生涯忘れないだろう。


 〈ヨヨ〉先生の授業は、僕に音楽の楽しさを教えてくれました。

 音楽は〈ヨヨ〉先生の身体のように、とても豊かで刺激に満ちている。

 それを教えられた僕の人生は、大きく広がったと思う。


 改めて言いたい。

 許嫁達には秘密だけど、〈ヨヨ〉先生は愛とエロスの化身(けしん)に違いない。

 とても魅力的で危険な大人の女性だ。


 晩春の揺(ゆ)らめきのように、フルンフルンとお尻を左右に振って歩かられているお姿を、僕はいつまでも見送った。

 先生の眷属(けんぞく)になりそこなった僕に、出来る唯一のことだ。


 だけど頭は下げなかった。

 下げると先生のお尻が、見えなくなってしまう。

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