第10章 最終学年は、待ってくれない
第559話 ドドメ色の薬
もう三年生の授業が開始されている。
僕と〈アコ〉は、何の試験もなくヘラヘラと進級を果たした。
〈クルス〉と〈サトミ〉は、進級試験が実施されたらしい。
〈サトミ〉の進級試験は、授業への出席率と課題の提出状況が大きく作用する、簡単なもののようだ。
〈クルス〉の方は、情け容赦がないガチなもので、三年生への進級時に不合格者が数人出たと聞いた。
うわぁ、嫌だねぇ。
自分でなくてホントに良かったと、つくづく思うな。
さすがは僕の嫁だけあって、〈クルス〉は一つ順位を上げ学年で二番になったようだ。
ご褒美に沢山キスをしてあげよう。
でも〈クルス〉は、「キスをしてあげる」という僕の申し出を「ふっ」と笑って、「キスはもちろん良いのですか。それよりお願いがあるのです」と返事を返してきた。
「お願いなの」と僕が聞いたら、〈クルス〉は「この薬を毎日服用して欲しいのです」と真面目な顔で言うんだ。
「何の薬なの」と僕が聞くと、〈クルス〉が「効能(こうのう)は言えませんが、私が新しく調合した薬なのです」と平気で白状(はくじょう)したよ。
えぇー、未来の夫を新薬の治験(ちけん)に使うのかよ。
治験というのは、健康リスクが高いため、すごく高額なアルバイトなんじゃないのか。
「その薬は大丈夫なの」と僕が質問したら、〈クルス〉は「ムッ」として「私が危険な薬を〈タロ〉様に飲ませると思っているのですか」とカンカンに怒ってしまった。
それなら、何の薬か言えよと思ったけど、「もちろん〈クルス〉を信頼しているさ。喜んで飲ませて貰うよ」と日和(ひよ)ってしまう僕がいる。
〈クルス〉を怒らせるが怖かったんだ。
結婚したら、こんなことが頻繁におこってしまうのだろうか。
弱気な自分がやるせないな。
それにしても、このドドメ色の鼠(ねずみ)の糞(ふん)のような丸い薬は何の薬なんだろう。
僕は、東京タワーの上から飛び降りるつもりで、薬を飲み込んだ。
スカイツリーは、高過ぎると思たんだ。
横には「ふっ」「ふっ」と大きく鼻を膨らませて、メモを書いている〈クルス〉がいる。
僕の身には、何が起ころうとしているのだろう。
明日への道が断たれないことを、強く祈るしかないのか。
ドドメ色の薬をあんぐりと口を開いて見ていた〈アコ〉と〈サトミ〉が、「〈タロ〉様、沢山お茶を飲みましょう」と言ってきたタイミングで、駆け落ち夫が横から声をかけてきた。
こら、どうしてくれるんだ。
薬をお茶で中和することが出来なかったじゃないか。
健康被害が生じたら責任をとれよ。
「ご領主様、例の泥の棒の正体が判明しました」
駆け落ち夫が、ドヤ顔で報告してきた。
イケメンのドヤ顔は、こうも僕を不快にするんだな。
これは薬の副作用に違いない。
「ほぉ、例の泥の棒か。何だったんだ」
「ははっ、かなりのお宝でしたよ。昔の武将が使った〈鎧どおし〉だと、親父が言っておりました」
駆け落ち夫が渡してくれた、その〈鎧どおし〉は肉厚の短剣っていう感じで、ギラリと鈍い銀色を放っている。
駆け落ち夫の親父さんが職人の技で、錆びを落とし刃を研いで柄(つか)と鞘(さや)を新調してくれたらしい。
おまけに費用はいりませんとのことである。
太ってないが太っ腹だよ。
〈鎧どおし〉というのは、駆け落ち夫の説明によると。
鎧を着用して戦った際に、相手の鎧の継(つな)ぎ目から差し込んで、止めを刺す武器とのことだ。
そのため頑丈で、二十cm位の短いものが適しているらしい。
武骨で人を刺し殺す実用品って趣(おもむき)で、禍々(まがまが)しさと相(あい)まって一種独特の美しさを秘めていると思う。
許嫁達は「ふん、何あれ。見栄(みば)えが悪いわね」って感じで、〈鎧どおし〉をチラっと見た後、新しく開店したスイーツのお店の話をしているようだ。
ふん、この〈鎧どおし〉の素朴(そぼく)な美しさを分からないとは、まだまだお子ちゃまだと言うしかないな。
「どうしてこんな物が、ここの土地に埋まっていたんだろう」
「妻に聞いたところ、この土地は昔、泥棒男爵の屋敷が建っていたらしいです。たぶん、その泥棒男爵がどこかの武将から盗み取って来た可能性が大です」
泥棒男爵って何だよ。
泥棒って分かっているのに、どうして捕まらないんだ。
「泥棒男爵なのか」
「えぇ、その男爵の家系が途絶(とだ)えた時に、屋敷から大量の盗品が発見されたという伝説が残っているようです」
伝説なのか。
本当のことは、分からないってことだよな。
だけど、この〈鎧どおし〉には悠久(ゆうきゅう)の浪漫(ろまん)が込められているぞ。
タイムカプセルのように、この土地に封印されていたものが、今僕の手に渡されたんだ。
神様が与えたクエストの報酬みたいな、神秘的で大いなる宇宙の意思がここにあると思う。
泥の棒と、泥棒という、高度な洒落(しゃれ)になってもいるしな。
短くて携帯性も良いから、常時持っていることにしよう。
道でフルアーマーと遭遇したら、隙間からネチネチと刺し込んでやろう。
きぃー、と言いながら、とても嫌がると思うな。
ははははっ。
〈鎧どおし〉の報酬で〈ガリ〉に肉付きの骨をあげたら、〈ガリ〉はとても不審そうに骨を「フシ」「フシ」と嗅いでいた。
なぜじゃ、こんなどえらいおまんまを、わけもねぇのにくれるはずがあるもんか。
こりゃ、わしを太らせて犬鍋(いぬなべ)にしよって魂胆(こんたん)に、ちげぇねぇ。
おでは赤犬じゃねぇから、ちっとも美味くねぇぞ。
〈ガリ〉の中では〈鎧どおし〉の報酬は、もう清算済なんだろう。
僕は〈ガリ〉のお腹をさすりながら、「食べて良いんだ」と言ってあげた。
〈ガリ〉は悲しそうに「クウーン」と鳴きながら、肉の誘惑に負けてガツガツと肉付きの骨をかじり出している。
「〈タロ〉様、〈ガリ〉は良いことをしたのに、虐めないであげてよ」
なぜだが〈サトミ〉が、僕を非難してきたぞ。
なぜじゃ、意味が分からんのぉ。
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