第550話 圧倒的な勝利

 〈海方面旅団兵〉にも、脅(おど)したり残酷なことを出来そうなヤツが見当たらないしな。


 「〈リク〉と〈副旅団長〉に相談するけど。この男を王子に引き渡そうと思うんだ。二人はどう思う」


 「〈旅団長〉様、私は兵站のことは分かりますが、捕虜(ほりょ)の扱いは専門外です」


 〈副旅団長〉は、最初から白旗状態だな。

 どうして聞くんだと言う顔までしているぞ。


 「ご領主様、良い考えだと思いますよ。この男を渡せば、王子に恩も売ることになります。今回の戦いでのご領主様の功績は、もう充分だと思いますね」


 〈リク〉の言う通りだ。

 これ以上功績を上げても、余計な妬(ねた)みを買うだけだろう。

 手間がかかる捕虜を手放して、ほどほどの功績となる一石二鳥の方策だ。

 自分の頭の良さに、思わず惚(ほ)れてしまいそうだよ。


 〈〈タロ〉様って、すごく素敵よ〉と心の中で、裏声にして言っておこう。


 「じゃそうするか」


 もう丘を登ってくる〈青白い肌の男達〉は、いなくなった。

 五十人の集団を相手にしている間に、丘を登り切って逃げたようだ。

 丘から下を見ると、西側も南側も戦闘が終わっているように見える。

 まだ小競り合いを続けているのは、北側の丘だけか。


 兵士の話によると西側は、〈青白い肌の男達〉の数の圧力に負けて、最後は囲みを解いて逃亡を許したらしい。

 丘の上にも兵士を配置していたんだ、兵力差の関係でもう限界だったのだろう。

 怪我や疲労もあったと思う。


 それにしても、夥(おびただ)しい数の亡骸(なきがら)が見える。

 その殆(ほとん)どが、〈青白い肌の男達〉だろう。

 軍隊の半数は、ここで亡くなったと思う。

 怖いくらいの圧倒的な勝利だと言えよう。


 〈修道院〉は、壊滅的に燃え尽きている。

 黒く焼け焦げた柱が、青空に向かってニョキニョキと林立しているだけだ。


 僕達の後ろからは、眩(まぶ)しい太陽がかなり上まで昇っている。

 より一層、この戦いの残酷さを見せようとしているのか。

 まだ燻(くすぶ)って、立ち昇った白い煙の元には、目を背(そむ)けたくなる光景が広がっている。


 日の光はとても重要なものだが、今は自分の行ったことを隠して欲しいと強く思うよ。

 自分の立てた作戦が、信じられないほど当たったが、信じられないほど多くの人が死んだのだから、とても喜ぶ気分じゃないや。


 早く許嫁達に逢いたいな。

 〈クルス〉に貰った薬を全種類飲んでおこう。

 どれかが、きっと効いてくれるはずだ。


 〈海方面旅団〉は捕虜を引き連れて、南側の丘にある〈サシィトルハ〉王子軍の駐屯地へ向かった。

 肩に担(かつ)いだ刺股が血で汚れているのと、白兵戦を経験して顔付が変わった以外は、〈海方面旅団〉に何の変化も見られない。


 戦争をしたのだから多くの者は傷を負っているが、口を堅く結んだまま黙々と歩みを進めていただけだ。

 重い怪我をした者も、戦友に肩を借りて脱落はしていない。


 「〈サシィトルハ〉王子様、地位が高そうな将校を捕虜にしました。〈海方面旅団〉では持て余(あま)しますので、王子に差し上げます」


 僕の言い方が、少しおかしくなっているぞ。

 片言(かたこと)で素(そ)っ気(け)ない感じだ。


 「おぉ、この男の装備は他を圧して豪華じゃないか。この男は、今回の司令官に間違いない。この身柄(みがら)をくれて、好きなようにして良いのだな」


 「えぇ、お好きにして構いません。この男は〈海方面旅団〉が捕まえた捕虜ではなく、〈サシィトルハ〉王子が確保した捕虜ですよ」


 「ふっふっ、《ラング伯爵》は良い男だな。王国の未来を真剣に考えておる。もう親友と言って良(よ)いぞ」


 〈サシィトルハ〉王子は、とても上機嫌に笑っている。

 親友か。

 今はとても笑えそうにない。


 下着に縫(ぬ)い留めてある〈お守り〉を握って、早く許嫁達に逢えるよう願ってみた。

 〈お守り〉はゴワゴワとした手触りで、許嫁達の懐かしい匂いを僕の手に残してくれた気がする。


 僕は少し元気になって、〈副旅団長〉に撤収の準備を始めるように指示を出した。

 優先事項は〈旅団兵〉の治療と、〈青と赤の淑女号〉に収容している〈修道女〉達を町まで送り届けることだ。

 僕の提案した作戦で、〈修道院〉を燃やしてしまったから責任があると思う。


 「〈副旅団長〉、船にいる院長によろしく伝えてくれ」


 「はい。了解です。院長さんには、ありのままお伝えします」


 小細工なしで伝えた方が、あの院長には良いと判断したんだ。

 そこそこ優秀なだけはあるな。


 そうこうしているうちに、軍議を開くとの伝令がもたらされた。

 開戦前には、ろくにしていなかったのに、終戦した途端(とたん)にするんだ。

 何とも素早いことだな。


 軍議は、〈サシィトルハ〉王子と〈タィマンルハ〉王子と〈海方面旅団長〉の僕が主要メンバーだ。

 だけど発言をしているのは、〈サシィトルハ〉王子派の〈レクル〉公爵と〈タィマンルハ〉王子派の〈ベソファ〉伯爵が、大部分を占めていた。

 始終笑顔で余裕ある態度を見せているのは〈レクル〉公爵で、苦虫を潰したような顔で必死に抗弁しているのが〈ベソファ〉伯爵という感じだ。


 僕は、今回の作戦において〈海方面旅団〉が良くやったことと、〈スアノニ女子修道院〉の早期再建を強調して、後は黙っていた。


 後継者争いに巻き込まれないためと、この二つが言えれば後は些細(ささい)なことだと考えたからだ。

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