第542話 刺股は良い

 その場所から物資を、小舟を使ってピストンして運ぶのが三日はかかるようだ。

 何とかギリギリ間に合うな。


 ここまで、大きなトラブルもなく順調に来られたのは、副旅団長を始め〈海方面旅団兵〉の能力によるものだ。

 うちの〈旅団兵〉は、かなり優秀なんじゃないのかな。


 「〈副旅団長〉、河口で犯罪組織の取り締まりと言ってたけど、〈旅団兵〉はどんな武器を普段使っているんだ」


 「そうですね。武器と言って良いのでしょうか。〈旅団兵〉が武器に慣れていないことと、犯罪者も生かして捕える方が望ましいので、主に刺股(さすまた)を使用しています」


 おっ、時代劇の捕り物に出てくる刺股か。

 中学校の職員室で、現物を見たことがあるぞ。

 リーチが長いし、突き刺す訳じゃないから、戦いに慣れていない人でも躊躇(ちゅうちょ)なく使えるな。


 「おぉ、良く考えたな」


 「刺股は良いですよ。一時的に敵の行動を制御出来る最高の武器です。ただし、制御した後に敵の反撃を、素早く封(ふう)じる必要があります」


 〈リク〉が、食い気味に話へ入ってきた。

 コイツはこういう武器の話が、ほんと好きなんだな。


 素早く封じるって、刺股で抑え込まれた敵を、剣か槍で刺すってことだろう。

 犯罪者程度なら何とかなるけど、本格的な戦いは、ろくに訓練もしていない〈海方面旅団兵〉にはとても無理な話だな。

 戦闘に巻き込まれたら、どうしよう。

 かなり不安があるぞ。


 中流域で、さらに川幅が狭(せば)まる箇所に着いた。

 ここに〈青と赤の淑女号〉を係留(けいりゅう)して、ここからは小舟で補給物資を運ぶことになる。

 僕と〈リク〉は、最初の補給物資と一緒に、王子との約束の地点へ先行した。

 王子が着いた時に、相手をする必要があるためだ。


 河原に天幕を張り物資の集積場を整備して、王子がいつ来ても良いように拠点を構築し始める。

 後二日あるから、もう間に合ったな。

 それから、〈青と赤の淑女号〉と天幕を往復して、物資集積の拠点を完成することが出来た。


 「〈海方面旅団兵〉諸君。君達の努力の甲斐(かい)があって、無事補給物資の拠点を整備出来た。大変ご苦労様と言いたい。今日は良い食事とお酒も出すので、せいぜい骨を休めて欲しい。両王子が着いたら忙しくなるので、その時はよろしく頼むぞ」


 ふぅー、やれやれだ。

 船に乗っていただけだが、気疲れしたのか結構疲れたよ。

 偵察の話では近くに王子の軍はいないらしいので、〈旅団兵〉にも休息を与えることにした。

 仕事、仕事では、良いパフォーマンスが発揮出来ないと思う。


 「〈旅団長〉バンザイ」


 「さすが、英雄様だ。話が分かる」


 敵に勝ってもいないのに、バンザイはないよな。


 少し気が緩み過ぎではあるが、〈海方面旅団〉の任務は補給物資の運搬だ。

 役割の八割は、既に果たしたと言えるだろう。

 後は物資を両王子に渡すだけだ。


 小規模の宴会が終わって、翌日になっても王子はこない。

 約束の日日が過ぎて、もう十一日目だ。

 近辺を偵察させても、影も形も見えないらしい。


 どこかで、もう戦闘をしているのかな。

 ただ、こんなとこまで敵が進行しているなら、それは大変ヤバいぞ。

 相当押し込まれているってことだ。


 次の日も王子たちは来なかった。

 約束の場所が間違っていたのかと心配になってくるし、王子の軍が撤退していたらと思うとかなり焦ってくるぞ。

 〈リク〉も、「王国内の進軍で、これほど日にちが狂うとは思えません。かと言って、戦闘があったなら、偵察で見つけられないはずがないです」と首を捻っている。


 焦っていてもしょうがない、やれることをやろう。

 偵察の範囲と人数を増やすことにしよう。

 思い切って明日は、〈旅団兵〉の半分を四方八方に向かわせてみよう。

 これでみつからなければ、ここからの撤退も視野に入れる必要が出てくる。


 次の日の昼食時に、両王子軍の情報がやっともたらされた。

 偵察をさせていた〈旅団兵〉が、走って知らせてくれたんだ。

 もう半日程度で、王子軍がここに着くらしい。

 ただ兵士が、かなり疲弊していると言っている。

 何があったのだろう。


 〈タィマンルハ〉王子の方が先に拠点に着いた。


 「おぉ、《ラング伯爵》。やっと着いたよ。疲れているんだ。一刻も早く休ませて欲しい」


 「えぇ、分かりました。幹部の方は、そこの天幕で休憩してください。兵士達の天幕の場所は、こちらの〈旅団兵〉に案内させます。休憩されている間に温かい食事を準備しますね」


 「おぉ、温かい食事か。何よりの御馳走だよ」


 〈タィマンルハ〉王子と取り巻きの貴族が、天幕に入っていった。


 「〈旅団兵〉の半分は天幕の手伝いを、もう半分は食事の準備をしてくれ」


 僕は大きな声に手ぶりも入れて、天幕を張る手助けと食事の準備を指示した。

 要はやっと王子が着いたので、無暗(むやみ)に張り切っていたわけだ。


 だけど、僕が言う前に〈副旅団長〉が、命令してやがったらしい。

 〈旅団兵〉が作業の手を止めて、何とも言えない目で僕を見ていたんだ。


 くっそー、どうして〈旅団長〉が、可哀そうな子みたいな感じになるんだよ。

 カッコが悪過ぎだろう。

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