第543話 爽やかな青年
僕が頭を抱えて悶(もだ)えていると、〈サシィトルハ〉王子の方も到着したようだ。
はぁー、同時に到着されると、人数が多過ぎて準備に時間がかかるぞ。
なぜ時間を空けて、順序良く到着しないんだと強く思う。
王子という人種の特性なんだろうか。
「おぉ、《ラング伯爵》。何とか着いたよ。すごく疲れているんだ。直ぐに休ませて欲しい」
「えぇ、分かりました。先客がありますが、幹部の方はそこの天幕で休憩してください。兵士達の天幕の場所は、こちらの〈旅団兵〉に案内させます。今温かい食事を準備していますので、少し待ってくださいね」
「おぉ、温かい食事が貰えるのか。久しぶりの御馳走だよ」
うーん、畑は違うけどやっぱり兄弟だ。
同じ様な会話になったな。
まあ、それはどうでもいい話だ。
それより千人以上の食事を、数十人の〈海方面旅団兵〉で準備出来るのだろうか。
次々と、この拠点に集まってきた兵士達を見て、今頃心配になってきたぞ。
「〈副旅団長〉、食事の準備は問題ないか」
「はい。特に大きな問題はありません。今急いで、燻製肉とイモのシュチュ―を作っています。パンも焼き直していますが、割と直ぐに用意出来ると思います」
〈副旅団長〉の視線を辿(たど)ると、どでかい鍋と簡易式の釜が整然と並んでいるのが見える。
僕が王子の相手をしている時に、直ぐに準備を開始していたんだな。
「でも、千人分の食事だ。かなり大変だな」
「はい。大変ではありますが、〈ベン島〉奪回作戦の折に経験済みです。軍には炊事当番兵がいますから、〈海方面旅団兵〉だけで準備するわけではありません」
〈副旅団長〉の言う通りだな。
両王子の軍も今まで、食事をしながら移動してきたんだ。
それなりの体制は出来ているはずだ。
だけど行軍中だから、簡易で温かい物は口に出来なかったのだろう。
それにしても、我が〈海方面旅団兵〉はテキパキと作業をしているな。
最前線ではないが、実戦経験がものを言っているんだと思う。
両王子軍の炊事当番兵を上手く使って、大量の食事を作り上げていっている。
僕は自分の〈海方面旅団〉を、戦闘に役に立ちそうにないとバカにしていた。
でもそれは、とても大きな間違いだ。
学舎の授業で習った兵站の重要性を、分かったつもりでいたけど、何も分かっていなかったと今思う。
肩より頭を下げて深く反省をする必要があるな。
遅まきながら、〈海方面旅団兵〉は立派な兵士なんだと分かって、何だか嬉しくなってきたぞ。
思わず笑ってしまいそうだ。
「〈旅団長〉様、そのニヤニヤ笑いは何ですか。それより幹部様方のお食事が出来ましたので、一緒に来てください」
〈副旅団長〉は口には出さなかったが、明らかに僕の笑みを見て気持ち悪がっていやがったぞ。
爽やかな青年である、この僕のにこやかな笑顔でなぜそう思うんだろう。
〈副旅団長〉の美的感覚を疑わざるを得んな。
幹部が休憩をしている天幕に入ったら、重苦しい空気が中に充満していた。
天幕の中で火を燃やして、二酸化炭素が充満しているわけではない。
両王子の取り巻きの貴族が、睨み合って空気がピリピリしているんだ。
両王子はそれほどでもないが、それぞれの婚約者の親が険悪な雰囲気を作り出してくれているな。
〈ロローナテ〉嬢の父親の〈レクル〉公爵と、〈ミ―クサナ〉の父親の〈ベソファ〉伯爵だ。
〈先頭ガタイ〉の父親の〈アソント〉公爵は、今回従軍していないようだ。
僕は天幕の出入口をまくって入ろうとして、一瞬顔を強張(こわば)らせてしまったよ。
要はこの中へ、入りたくないって強く思ったんだ。
でも、しょうがない。
〈副旅団長〉は、このために僕を呼びに来やがったんだろう。
「お待たせしていました。昼食の用意が整(ととの)いましたので、今からお持ちしますね」
僕の嫌な気持ちは全く整ってはいないが、空(から)の明るさを目一杯顔に浮かべて、嘘の陽気さを声に滲(にじ)ませて軽やかに告げた。
爽(さわ)やかな青年である、僕だから成(な)しえる技だと思う。
「うむ、ご苦労」
「おぉ、世話をかけたな」
えぇー、それだけかよ。
もっと何か言えよ。
君はいつも爽やかで、イケメンの好青だと言っても、たぶん誰も笑ったりしないよ。
それどころか、両王子の取り巻き連中が、このバカは俺達をどうして同じ天幕に入れたんだという目で、僕を責めている感じを出してやがる。
ここはもう戦場なんだから、至(いた)れり尽(つ)くせりの接待は出来ないんだよ、バカめらが。
僕は内心そう思ってはいたけど、そこは出来た大人の対応で「ははっ、大した食事ではないです」と返しておいた。
こんな調子では、この先に何とも嫌なことが待っている予感がしてくるぞ。
〈副旅団長〉が何度も背中を押すから、仕方なく僕もこの天幕で昼食をとることになってしまった。
〈副旅団長〉よ、お前な。
自分だけそそくさと出て行くなよ。
何て狡いヤツなんだ。
〈クルス〉に持たされた胃薬をそっと飲んでおこう。
消化に悪い無言の昼食がどうにか終わって、熱いお茶を飲んでいると。
〈レクル〉公爵が「〈サシィトルハ〉王子の軍は、ここから西南にある〈ビゴ〉の町へ進軍しようと思う」と唐突(とうとつ)に発言してきた。
僕が〈はぁ、〈青白い肌の男達〉はそっちいるのか〉と心の中で思っていると。
今度は〈ベソファ〉伯爵が「〈タィマンルハ〉王子の軍は、ここから西北にある〈ラガ〉の町へ進むとしよう」とボソッと言った。
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