第541話 〈スアノニ川〉の河口

 「あらあら、旅団長様に、お恥ずかしいものを見せてしまいましたわね。御免あそばせ。ふふふっ」


 ど派手で小さ過ぎる下着が見られたというのに、この揺るぎない精神の安定感はどうだ。

 〈超秘書〉と呼ばれる卓越(たくえつ)した能力が、自信の源なんだろう。

 それと、派手なショーツを夫にリクエスされて、女としても自信が保てているんだろう。


 このどでかいお尻は、副旅団長の背後からのいかなる攻撃も、ものとはしないと強く思う。

 蟷螂(とうろう)の斧(おの)であっても、副旅団長には絶望することなく強く生きて欲しいと願おう。

 カマキリと違って、生きたまま頭から丸かじりはされないはずだ。

 現に子供も存在しているからな。


 〈青と赤の淑女号〉への積み込みが終わって、〈海方面旅団〉は静かに出陣していく。

 静かなのは、見送ってくれる人が奥さんと駆け落ち夫しかいないからだ。


 奥さんは、少し前に副旅団長を暗がりに引っ張り込んで、どでかい音を立ててキスをしていた。

 兵站といっても、敵に攻撃される可能性はあるはずだ。

 そのため、別れが情熱的になったんだろう。


 僕はその音を聞いて、許嫁達の顔が浮かび、とても羨ましくなってしまった。

 この任務が終わったら、青と赤の細かいストライプを許嫁達にリクエストしよう。

 そして、スカートをめくって見せて貰うんだ。

 スカートを破るのは、もったいないからな。


 そう言うことで、副旅団長だけが狡いので、せいぜいこき使ってやろう。

 〈リク〉も、副旅団長を冷ややかな目で見ているから、きっと同じ思いなんだろう。


 〈スアノニ川〉の河口は、たゆたゆと水を湛(たた)えて微睡(まどろ)むように穏(おだ)やかである。

 川なのに流れが、体感出来ないほど緩(ゆる)やかに流れている。

 朽ち果てて半分水に浸かった漁船と、川岸に建つ黒く変色した倉庫群が、僕の心をまた重くしていく。

 泥と潮(しお)と魚が混じり合った「うっ」とする匂いが、僕のうなじを掠めて流れていくようだ。


 「〈旅団長〉様は、〈スアノニ川〉の河口は初めてですか。私達は犯罪者の取り締まりで何回か来たことがあります。河口から下流域までは、帆走かオールを漕(こ)いでいくことが可能です。それと名物の〈スアノニ蟹〉は、濃厚なミソが絶品なので一度食べた方が良いと思いますよ」


 副旅団長にとっては、今後の行程より蟹の方が重要なのか。

 まあ、余裕をなくしてイライラしているより、余程(よほど)マシなんだろうな。


 「大きな川だな。今は無風だから、良くも悪くもないか」


 「えぇ、下流と中流の境にある〈トリクト〉の町を当面目指します。そこで日持ちがしない食料を積み込む予定となっています」


 〈青と赤の淑女号〉を指差して、何か言っている人達が大勢いるな。

 この船は、他の船より一回り以上大きしい、何と言っても青と赤の細かいストライプに塗られているのが、とんでもなく派手だからな。


 〈淑女〉と名前が付いているけど、塗装がケバ過ぎてどちらかと言うと、水商売の女性のお化粧のようだ。


 この船を指さして見ているのは、子供やおじいさん。

 それに、漁師や仲買人らしき威勢(いせい)のよさそうな人が、盛(さか)んに何か喚(わめ)いているぞ。

 活気があるとも言えるな。


 少し離れた街道を、女性の集団が歩いているのも見える。

 ねずみ色のベールで頭を覆(おお)い、ねずみ色の長いローブで、身体をスッポリと包(つつ)んでいる。

 〈青と赤の淑女号〉と真逆で、地味な色の神と結婚した貞淑で慎ましやかな女性達だ。


 でも、隠されている身体のふくよかな凹凸は、僕の目を誤魔化せないぞ。

 かなりの巨乳と安産型のお尻の主さんもいるのが、遠目にも分かった。

 ねずみ色ベールとローブをはぎ取れば、ムッチリとした肢体が現れるのに違いない。


 許嫁達にこの修道女の制服を着せて、長いローブをまくり上げて後ろから責めてみたいな。

 地味な服から覗く白い女の尻が、背徳的過ぎてたまらんはずだ。

 じゅるり。


 僕のこんな妄想を歯牙(しが)にもかけず、〈青と赤の淑女号〉はツンとお澄ましした感じで桟橋をするりと離れた。

 超変態のおバカさんを、構う趣味はないのだろう。

 リズミカルなオールが出す水音に合わせて、すーっと船体を上流に向かって滑らせていく。


 川岸の両岸には民家が隙間なく連なっていて、この川が昔から人々の生活を支えているのが良く分かる。

 子供やお年寄りが、なぜだが手を振ってくれるので、こちらの方も振り返しておいた。

 軍も威張(いば)ってばかりじゃなく、民衆との融和(ゆうわ)を図るべきなんだ。

 お飾りの旅団長が出来ることは、手を振ることぐらいなんだよ。


 小一時間経った後は、順風にも恵まれて、思った以上に快調な航行となっている。

 船内で一泊して〈トリクト〉の町に着いた。


 今までの行程で、十日のうち五日を消化している。

 副旅団長によれば、このまま順調にいけば、何とか間に合う感じらしい。

 〈トリクト〉の町で食料品を積み込むのと、馬に船を引かせる準備に丸一日掛かった。

 後四日だ。


 中流域に入ったら、川幅が途端に狭くなり流れもかなり速くなっている。

 川底もかなり浅くなっているから、〈青と赤の淑女号〉で後一日進んで、小舟に物資を積み替える段取りだ。

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