第539話 スーパーな秘書

「こんなのが来たんだ。行く必要はないよな」


「おぉ、やっと来ましたか。軍の動きに緊迫感が出ていたため、少し探りを入れていたのです。〈ベン島〉以来の大規模な軍編成になると思います」


 〈リク〉が、憂鬱になることを生真面目に応えてくれた。

 いや、そうじゃないだろう。

 僕の質問は完全スルーかよ。


 「親父も言っていましたが、西側で大きな衝突があると思います。〈オクート〉さんから、〈海方面旅団〉が運搬する物資は既に聞いています」


 大きな衝突って、戦争のことだよね。

 それに〈海方面旅団〉が、運搬する物資って何だ。

 西側は山の方だぞ。

 海はどんな関係があるんだ。

 それに知らない女性の名前が出来てきたな。


 「はぁ、〈オクート〉さんって誰なんだ」


 「あっ、ご領主様は名前をお忘れですか。〈海方面旅団〉の副旅団長の奥さんで、秘書の方(かた)ですよ」


 「副旅団長の奥さんは、〈オクート〉さんって名前だったのか。どうして、〈レィイロ〉が知っているんだ」


 名前を聞いたかな。

 それは名乗るよな。

 でも全く覚えがないな。

 憶えているのは、力強くて頼りになることだけだ。

 それと雄大なお尻だ。


 「えぇ、十年以上前ですが。王国軍司令部付きの秘書をされていた時に、実家と取引をされていたのです。その時、お菓子を頂いたのを良く覚えています」


 取引先の商店の子供に、お菓子をあげたのか。

 まさかのショタ好きだったのか。


 「えっ、武器の購入に、秘書は関係しないだろう」


 「普通はそうだと思いますが。あの人は〈超秘書〉と呼ばれていました。武器のことから、王国軍司令部の事務の一切合切(いっさいがっさい)を取り仕切っていたらしいですよ」


 〈超秘書〉って何だ。

 スーパーな秘書ってことか。


 「ご領主様、副旅団長の奥さんは、今でも軍に特別な情報網をお持ちのようで。今回の〈海方面旅団〉の役割をかなり正確に掴んでおられます。それで、私達に情報を流して物資の調達を依頼されてきたのです」


 〈リク〉が少し呆れたように話しているぞ。

 副旅団長の奥さんって、軍事機密を入手出来るってことなんだ。


 「物資の調達って出来るの」


 「〈オクート〉さんは、嫁の実家もご存じでした。それと《ラング領》の農産物が輸入出来ると言っておられました。今、〈ソラィウ〉さんを通して在庫を確認しています」


 領主の僕も正確には知らない、農産物の出来高や備蓄状況も把握しているってことか。


 「ひゃー、超優秀だけど超怖いな」


 「えぇ、お袋と〈カリナ〉以外に、初めて怖いと思った女性です」


 〈リク〉が手を握りしめて言っているのは、心の底からだからだろう。


 「僕もそうです。嫁が〈ルメータ〉で本当に良かったです」


 けっ、良い嫁で良かったですね。


 それにしても、もし副旅団長の奥さんが嫁だったら、あらゆる情報を握られて、常に先回りをされてしまうのだろう。

 良いこともあると思うが、情けない気持ちになり息も詰まってしまいそうだ。

 嫁は少し抜けている方が、可愛げがあって良いと思う。

 その点、僕の許嫁達は良い線いっていると思う。


 良い線いっている許嫁達が、〈ロローナテ〉嬢のお茶会から帰ってきた。

 大勢の学舎生が集まって、盛り上がったらしい。


 それに比べて、僕の方は著しく盛り下がっている。

 許嫁達に、冬休みが軍の用事でなくなることを伝えた。


 「お役目お疲れ様です。冬休みは残念ですけど、直ぐに逢えると信じて待っていますわ」


 「〈タロ〉様、気をつけてね。〈サトミ〉は、毎日お祈りをするよ」


 「くれぐれも健康に留意して欲しいです。お腹の薬とかを準備しますので、持っていってください」


 「〈海方面旅団〉の役割は、物資を運搬することらしいので、たぶん危なくはないと思うんだ。でも十分気をつけるよ」


 「《ラング領》へ帰って、開発が円滑に行くよう気をつけておきます」


 かなり心配だな。

 〈クルス〉の方が、領主として優秀だと判明したらどうしよう。


 「〈サトミ〉も、〈マサィレ〉さんと子供達の様子を見ておくよ」


 〈サトミ〉は、まさかあの男の子の、十一人目のハーレム要員になったりしないよな。


 「〈タロ〉様、全て私に任せて安心してください。《ラング》に帰って、後宮と結婚式の準備を進めておきますわ」


 〈アコ〉は結婚式の準備をするのか。

 まだ半年あるって思うのか、もう半年しかないって思う違いなんだろう。

 でも、全て任せて大丈夫なのか。

 変な風に暴走しないか、少し心配ではある。


 それにしても、固く心に誓った。

 猛烈で、燦然(さんぜん)と輝き、噛みしめるような冬は経験出来なくなってしまうよ。

 唾(つば)が、溢(あふ)れて垂(た)れるような、興奮も味わえそうにないな。

 辛辣(しんらつ)で、散々(さんざん)で暗く、吐き捨てるような冬を経験しそうだ。

 おしっこが、溜まって漏(も)らすような、無残(むざん)さを味わってしまうのだろう。


 おっぱいの代わりに、ストレスが僕に押し付けられるってことだ。


 「ご領主様、その汚れた棒は何ですか」


 〈リク〉が不思議そうに聞いてきた。

 ドロドロの汚い棒だから、無理もない。


 「〈ガリ〉が掘った穴から出てきたんだ。すごく重いんだよ」


 「へぇー、重いのですか」


 駆け落ち夫は、興味が湧(わ)いたようで、手に取ってしげしげと泥の棒を調べている。

 あぁー、知らないぞ。

 そんなに手を汚したら、子供はおろか、色っぽい嫁さんのおっぱいも触らさせて貰えないぞ。


 「〈ガリ〉が掘った穴はかなり深いです。相当昔の物かも知れませんね」


 〈リク〉が夢見がちなことを言っている。

 男は、いつまでも少年の心を持っているんだ。

 無駄にしかならない、宝探し的なことが大好きなんだと思う。


 それに比べて許嫁達は、泥の棒を嫌そうにちょっと見ただけで、〈リーツア〉さんとまた新作のお菓子の話をしているぞ。

 食べることにしか、興味がないのかと言ってやりたい。

 怒られるから、決して言わないけど。


 「ご領主様、一度父に見せてみます。中がどうなっているか、分かりませんが、太さの割に軽いので全てが錆びついてはいないと思います」


 「おっ、そうか。この泥の棒が何か気になるので、教えてくれるとありがたいな」


 少し贅沢過(ぜいたくす)ぎるけど、もし泥の棒に価値が少しでもあったら、〈ガリ〉に肉付きの骨をあげよう。

 狂喜乱舞して、〈おでぇかんさま、ありがとうござりまする〉と鳴くかも知れないな。



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 いつも読んで頂き、ありがとうございます。


 遅くからですが、「フォロー」をして頂いた方、「応援」「コメント」をして頂いた方、大変ありがとうございます。

 また、「星」や「レビュー」を入れて頂いた方、誠にありがとうございます。


 本当に嬉しいです。心が躍ります。


 お手数とは思いますが、「星」や「レビュー」を頂ければ、大変有難いです。


 明日への希望となりますので、よろしくお願いします。


 さて、第八章が終わり、次話から、第九章「冬休みは、流れ去った」編になります。

 この第九章は、短いものになる予定です。


 これからも、どうぞよろしくお願いします。

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