第538話 泥の棒
ルンルンルン。
ランランラン。
ようやく下半期が終わって、待ちに待った冬休みが目前に迫ってきた。
冬の始まりのうららかな陽だまりの中で、僕はうつらうつらと昼寝を貪(むさぼ)っていた。
少し寂しいことだけど、許嫁達は〈ロローナテ〉嬢のお茶会にいってしまって、僕の相手はしてくれない。
〈南国果物店〉の従業員にも手伝って貰って作った、大量のパウンドケーキを両手で抱えて行ってしまった。
だけど良いんだ。代わりに可憐な美少女の〈アーラン〉ちゃんが、お茶とお菓子を持ってきてくれる。
優雅でメランコリックな昼下がりである。
「ヴゥ」
「ヴゥ」
と僕の足の所で変な音がしている。
僕はふて寝を起こされて、腹立たしい気持ちで言い放った。
「何だよ。昼寝の邪魔をするな」
「ヴゥ」
「ヴゥ」
まだ聞こえてくる音の方を見ると原因は〈ガリ〉だった。
それも口に泥を一杯つけて、僕のズボンになすりつけてやがる。
「お前は、何なんだよ」
僕が怒っても〈ガリ〉は構(かま)わず、泥をズボンになすりつけてくる。
はぁー、コイツ、蹴ってやろうか。
「ご領主様、〈ガリ〉が何か咥(くわ)えています」
お茶のお代わりを持ってきてくれた、可憐な美少女の〈アーラン〉ちゃんが〈ガリ〉への暴力を防いでくれたぞ。
この娘はひょっとしなくても、地上に舞い降りた天使じゃないのかな。
僕はズボンの泥を払いながら、〈ガリ〉から泥だらけの棒を渡された。
〈ガリ〉は棒を僕に渡して、何かを期待しているようだ。
たぶんコイツは、この棒以上の大きさの報酬を支給されると確信しているらしい。
僕は〈ガリ〉に向かって、「ドロドロだよ」と手の平を上に向けながら手を広げて、この泥の棒には何の価値もないことを伝えてあげた。
この泥の棒では、報酬は支給出来ないってことをだ。
〈ガリ〉は「くぅーん」と悲し気に鳴いて、自分の掘った穴と僕のズボンを往復し始めた。
穴を深く掘り下げて、地中から掘り出した貴重なお宝だと言いたいのだろう。
それをあなた様に献上したのだから、それ相応の褒美(ほうび)を下賜(かし)しろって言っているのだろう。
僕は泥の棒を足で蹴って、「ふん」と鼻で笑ってやった。
〈ガリ〉は蹴られた泥の棒を「くぅん」と鳴きながら、慌てて口で咥えてくる。
そして、〈ガリ〉は僕を上目で見ながら、ガリガリと泥の棒をかじり出した。
旦那様、こりゃ木の根っこような、やらけぇもんじゃありませんぜ。
こんなに硬てぇんだ。
びっくりこくような、値打ちもんにちげぇねぇ。
よーく見ておくんなましい。
という感じの目を僕に注いでいると思う。
僕は「ふー」と溜息を吐いて、泥の棒を水で洗ってみた。
〈ガリ〉は尻尾をブンブンと振って僕の後をついてくる。
へへっ、旦那、ようやくあっしの言い分を認めなすったな。
という感じの大変嫌な感じの目をしているぞ。
洗った棒は、汚れた木の棒で二十cmあるかないか位の長さだ。
全長の三分の二くらいの場所に、線が入っているから、ここで割れるのかも知れないな。
この泥の棒で一番顕著(いちばんけんちょ)な特徴は、すごく重いということだ。
まるで鉄の棒のように重いぞ。
これは何だろう。
僕は、古い時代のペンチみたいな道具のやっとこを、〈リーツア〉さんに借りてグキグキと引っ張ってみた。
割れ目を広げようと悪戦苦闘したが、ほんの隙間程度しか開かない。
もっと油とかでニュルニュルが滲(し)み出すようにしないと、ピッタリと固く閉じたままなのだろう。
割れ目は、パッカリと開いてくれない。
示唆(しさ)に溢(あふ)れていることだな。
ただ、髪の毛ほど開いた隙間を見ると、金属が錆(さび)ているような色をしている。
錆びついているのが原因で、開けられないのかも知れない。
〈ガリ〉は、汗をかいて奮闘していた僕の手を、舌でペロペロと舐めながら、たぶんこう思っているのだろう。
ほれほれ、貴重なものでやんしたね。
こいつはお宝に間違ねぇ。
見つけたおらっちへの、褒美をけちけちするんじゃねぇ。
僕は汗を拭くタオルを〈リーツア〉さんに借りるついでに、二十cm位の骨を貰ってあげた。
まあ、ガラクタではあるが、僕はケチではないので、〈ガリ〉の頭を撫ぜながら「ご苦労さん」と言って骨を渡してやった。
〈ガリ〉は、「ふぉん」「ふぉん」と鼻で笑いながら、骨を穴に埋めにいってしまった。
骨の褒美を渡した途端に、僕への興味は失くしてしまったらしい。
ふぅー、世の中ってそんなもんだ。
〈ガリ〉に教えて貰ったよ。
泥を落とした汚い重い棒を、しげしげと見ていると王宮から使いがやってきた。
えっ、何だろう。
げぇー、これは呼出状じゃないか。
表には〈至急〉と書いてあるし、宛名は〈海方面旅団長〉になっていやがる。
駆け落ち夫妻の親が言っていた、王国の西側にある地域での事件と関係がありそうだ。
〈青白い肌の男達〉が複数回目撃されて、若い女性がまた誘拐されたらしい。
楽しいはずの冬休みが、こりゃ大変なことになるぞ。
呼出状の中を見ると、二日後に〈王国御前会議〉を開くので参加されたしと書いてあった。
僕はもう一度読んだけど、呼出状には〈楽しい冬休みを過(すご)しなさい〉とは、やはり一言も書いてはない。
何回も読んでも書いていないぞ。
おかしいな、どうしてだろう。
不思議だな、どういうことだろう。
〈王国御前会議〉が〈楽しい冬休み)と読めないことには、僕のエロエロな未来はギトギトなオッサン達に包まれてしまう。
どこかへ出かけていた、〈リク〉と駆け落ち夫が帰ってきたので、仕方なく呼出状を見せることにした。
見せないと、後でちょっとマズイことになると、第六感が「ヴゥ」と反応したんだ。
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