第536話 ささやかな罰
「〈タロ〉様、私は《ラング》で皆にコテンパンにされました。皆が第二段階に進んだことが大きいと分かっていますが、自分自身の不甲斐なさに絶望しました。子供の時から剣の道に多大な時間を注ぎ込んだのにと、やるせない気持ちがなくなりません」
「うーん、そうでもないよ。僕とは互角だろう」
「はっ、私の目は節穴ではありませんよ。〈タロ〉様は魔獣を二頭も討伐されたのです。第二段階に進んでいない訳がありません。〈ハパ〉先生も気づいていらっしゃいますが、何か特別なスキルをお持ちでしょう。本気になったら、私など瞬殺出来ると思っていますよね」
「えぇー、そんなことは思ってないよ」
がぁー、〈ハパ〉先生はやっぱり気づいているのか。
「ふぅん、特別なスキルは否定されないのですね」
わぁー、何だよ。
僕は演技が下手くそだから、そんなに追及されたら直ぐにバレちゃうよ。
「はっはー」
「はぁ、〈タロ〉様は単純ですね。ふふっ、でも私も単純なのです。〈タロ〉様に誘われた近衛隊との鍛錬で、剣の楽しさを思い出したのですよ。少しだけ強い相手に、もう半歩踏み込み、もう一秒早く動き出したいと思えたのです。〈ガルスィト〉殿との鍛錬は、久ぶりに楽しくて相性が良いと感じました」
うーん、〈サヤ〉は鍛錬の相性と、男女の相性を一緒だと考えているのか。
「そうか、相性が良かったのか」
「えぇ、そうなのです。ただ、魔獣の討伐で戦力に考えて貰えなかったことが、悔しいからそう思う気もするのですよ」
はぁー、〈サヤ〉が言っていることは、「お前らは私が女だからといって、重要な任務を任せられないとよくも言ってくれたな」ってことだよな。
「女だからって言うのなら、やけになって、適当な男と引っ付いてやるよ。これで満足か」ってことも含んでいると思う。
そう言われてもな。
これは〈サヤ〉の一生を決めるヘビーな話だ。
正直僕に聞かないで、自分で決めて欲しいと思う。
とてもじゃないが、責任をとれることじゃない。
「うぅ、〈サヤ〉を討伐に参加させなかったのは、正直女性だからだと思う。〈ハパ〉先生も悩んだと思うよ。〈サヤ〉の顔に傷をつけてはいけないと考えたんだろう」
「ふっ、私の顔に傷がつくのが、なぜいけないのですか」
そう思う女性は、〈サヤ〉を含めて極少数派だ。
〈サヤ〉みたいな美人が言うと、世の美人じゃない女性から反発されそうな発言だな。
でも〈サヤ〉は、心の底からそう思っているんだろう。
価値観が違い過ぎると、相互理解が困難になってしまう。
「それは、〈サヤ〉の綺麗な顔に傷がつくのを見たくないんだよ」
「ほぉ、私の顔にそれほど価値があるのですか」
そう言って〈サヤ〉は、息がかかるほど僕に顔を近づけてくる。
〈サトミ〉と同じ色の髪が、一本僕の頬にかかって、とても長いまつ毛が揺れて僕に触れそうになっている。
煌(きら)めくような瞳とふっくらとした唇と良い匂いが、僕に迫ってきている。
〈サヤ〉は何をしようとしているのか、僕には意図が分からない。
「うーん、どう言えば良いのか。僕に置き換えて考えると、〈サトミ〉が〈サヤ〉より武芸が上であったとしても、僕は絶対魔獣の討伐にはいかせない。これは理屈じゃない。僕がそうしたいんだ」
「はっ、理屈じゃないってことは感情ってことですか。〈タロ〉様は私にどのような感情を持っているのですか」
〈サヤ〉の目が真剣だ。
〈ミ―クサナ〉に怒っている時よりもだ。
でも、般若の顔ではない。
それよりか、捨てられそうな子犬の顔に見えてくる。
「おぉ、それは、〈サトミ〉の良いお姉さんだよ」
「ふっ、良くはないですが、お姉さんには違いありません。〈タロ〉様に聞いて頂いて、少しスッキリしました。ありがとうございます」
〈サヤ〉は、何だか淋しそうな顔になって部屋を出て行こうとしている。
僕はこのまま〈サヤ〉を生かせてはいけない気がして、背中の方から〈サヤ〉の肩を掴んだ。
「〈タロ〉様、何か私に言い残したことがあるのですか」
「うっ、〈サヤ〉。人生は長いんだ。ゆっくりと考えろよ」
「ふふっ、良く分かりました」
僕は違うことを言うつもりだったけど、〈サヤ〉の肩が思っていたより華奢(きゃしゃ)で熱かったから、当たり前のことしか言えなかった。
部屋を出て行く背中で、〈サヤ〉はもう《ラング領》から出て行くことを決めたと分かる。
僕と〈ハパ〉先生から、距離を置こうとしているんだ。
説得はもう効かない。
あなた達が先に距離を置いたんだと、〈サヤ〉は言うだろう。
そしてそれは、事実だと思う。
これから〈サヤ〉とは、物理的にも精神的にも、距離を置いた関係を模索(もさく)していくしかない。
すごく悲しいことだけど、必要なことだと思う。
あぁ、今直ぐ〈サトミ〉の部屋へ行って、〈サトミ〉に抱きしめて欲しい。
〈サトミ〉の煌めくような瞳とふっくらとした唇が、僕のこのもやもやとした気持ちを受け止めてくれるはずだ。
蜜柑の匂いが、僕の感情を鎮め安息をもたらしてくれると思う。
でも今は、〈サトミ〉の部屋へはいけない。
これが〈サヤ〉から僕への、ささやかな罰なんだろう。
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