第535話 〈サシィトルハ〉王子派になる
そんなに〈サヤ〉が怖いのか。
少し怒らせただけで、脇腹に貫手だもん。
そりゃ怖いわな。
両手両足の骨を折られると思ったんだろう。
でもいくら〈サヤ〉でも、そこまではしないと思う。
両手両足の間接を、外されるくらいで済むはずだ。
「ふぅ、こりゃ王子も大変だな」
〈先頭ガタイ〉が、他人事のように呟(つぶや)いてやがる。
でもな。
少し前まではあんたの婚約者だろう、何とか出来ないのかよ。
「ふっ、〈ミ―クサナ〉君は〈健体術〉の授業で、少し可愛がってあげよう」
「ひぃ、〈サヤーテ〉先生。助けて頂いてありがとうございます」
〈サヤ〉は見方であるはずなのに、〈アコ〉と〈クルス〉の声はかなり震えている。
〈少し可愛がってあげよう〉ということが、どのような事か分かっているのだろう。
あえて僕は、聞きたいとは思はない。
「お姉ちゃん、ありがとう」
〈サトミ〉もショックから回復したのか、笑ってお礼を言っている。
「〈サトミ〉達が、礼を言う必要はない。《ラング》領民を侮(あなど)ったら、どうなるかを分からせてあげるだけだ。本当の土臭いってことを懇切丁寧に教えてあげるよ。ふふふっ」
般若が笑うなよ、余計(よけい)に怖いだろう。
ゾッとしていたら、やっと音楽を演奏し始めた。
音楽があると、本来の舞踏会らしくなってくるな。
華やいだ雰囲気に、ホールが包まれていくようだ。
近衛隊のエースが、慌てて〈サヤ〉を迎えにきて、ホールの真ん中に連れていった。
般若を嬉しそうに誘うバカが、ここにいるよ。
僕と〈サトミ〉は、ゆっくりと歩いてホールの中心へ向かう。
踊りが始まるまでは、まだ時間があるはずだ。
だから、〈サトミ〉と共に歩くこの時間も噛みしめてみよう。
「へへっ、さっきはお姉ちゃんが、全部持っていったけど。〈タロ〉様が〈サトミ〉の前に立って庇(かば)ってくれたのは、とても嬉しかったよ。〈サトミ〉を助けようとしてくれたんだね」
〈サトミ〉はニコニコと嬉しそうに笑っている。
僕も気づいてくれたのが、とても嬉しいから、自然に笑みが零れてしまう。
「おぅ、〈サトミ〉を悪く言うヤツが、許せないだけだよ」
「うん、うん、それが〈サトミ〉には嬉しいんだよ。あはぁは、〈タロ〉様、思い切り踊ろうね」
僕と〈サトミ〉は、優雅かつ躍動を心がけながら、ホール中を飛び跳ねた。
思い切り跳んで、跳ねて、回って、〈サトミ〉と踊ったんだ。
見ている人々の反応から、今回もかなり目立っていたようだ。
大きな声で応援されたり、賞賛の声もかかっていたと思う。
ただ、一番目立っていたのは〈サヤ〉と近衛隊のエースだ。
美男美女のペアでもあるし、二人ともかなりの有名人だからな。
近衛隊のエースは、近衛隊の親子鷹と異名を持っているし、王宮で知らない者はいない。
〈サヤ〉の方は、近年の《白鶴》と《赤鳩》の卒舎生で知らない者はいない。
心に深く、その恐怖を叩き込まれていると思う。
〈サヤ〉のドレス姿を見た若い女性は、賞賛ではなく消耗していたように感じられた。
綺麗にお化粧が施(ほどこ)された顔が、引きつったように「ピク」「ピク」していたと思う。
過去の学舎の記憶が蘇(よみがえ)って、改めて心に大きな負荷がかかったのだろう。
それに横目で見たら、〈先頭ガタイ〉と〈ヨー〉のペアも、普通に踊れていた。
〈先頭ガタイ〉はおっぱいを見ずに、〈ヨー〉の顔を見ていたのは褒めてやろう。
ただし、〈ヨー〉のおっぱいが大きくて、〈先頭ガタイ〉の胸へ時々当たっていたから半分に減点しよう。
いっぱい当たって、羨(うらや)ましいからだ。
腫物ではなくなったと思うけど、ここも身分差があるのでどうなることか。
僕は、この二人の関係には絶対関知しないぞ。
ちなみに、〈ミ―クサナ〉は急な体調不良で踊れなかったらしい。
主催者なら、骨を折られても踊れよと言ってやりたい。
婚約披露の舞踏会が終了して、帰りの馬車の中で、僕は〈サシィトルハ〉王子派になると皆に告げた。
許嫁達も〈サヤ〉も、当然だという顔で大きく頷いている。
〈ミ―クサナ〉が王妃となることが、とても嫌なんだろう。
《ラング領》にとっても、百害あって一利なしだと思う。
〈南国果物店〉へ帰り着くと、〈アコ〉と〈クルス〉は帰ったけれど、〈サヤ〉は学舎町へは帰らずに〈サトミ〉の部屋に泊まっていくことになった。
久しぶりに姉妹で過ごすのも良いことだと思う。
僕が急ぎの執務を処理していると、〈サヤ〉が僕の部屋を訪ねてきた。
「少し尋(たず)ねますが、〈タロ〉様。〈ガルスィト〉殿をどう思いました」
おっ、男の目から見た感想が聞きたいのか。
「うーん、そうだな。垢抜(あかぬ)けている印象だな。〈サヤ〉に気があると思うけど、顔も良くて女性に優しいからモテるとは思うな」
かぁー、何で自分以外の男を褒めなくちゃいけなんだ。
後輩とか、浮気の心配があると言えば良かった。
「そうですか。私に気があると思いましたか。でも移り気に、気をつける必要があると言うことですね」
おぉ、先生をやっていることだけはあるな。
良く分かっているぞ。
「うん。そういう心配はあると思う」
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