第534話 〈タロ〉君と友達

 この娘はちょっと危ないんじゃないか。


 巨大なおっぱいで見えないが、脇(わき)が甘すぎるぞ。

 お菓子を貰っただけで、いとも簡単に警戒心を解いている。

 甘い蜜に誘われて、フラフラと飛んでいる蝶々のようだ。


 まあ、〈先頭ガタイ〉は悪いやつじゃないから良いか。


 「それにしても、踊りが始まらないな」


 「知らないのか。今日の踊りは一回だけだぞ」


 〈先頭ガタイ〉が答えてくれた。

 主催の派閥の一員だから、詳しいことを知っているんだな。


 それにしても、舞踏会なのに一回だけなのか。

 ほぼ顔を繋ぎと言うか、政治パーティーだな。

 もう隠す気もないんだろう。


 「一回だけなら、〈サトミ〉ちゃんが踊れば良いわ」


 「〈アコ〉ちゃんと〈クルス〉ちゃんは、いいの」


 「大丈夫よ。私と〈アコ〉ちゃんは、〈タロ〉様と踊る機会がまたあります」


 僕達の話をきっかけにしたんだろう、〈先頭ガタイ〉が〈ヨー〉に踊りのパートナーを申し込んでいる。

 〈ヨー〉は、恐る恐る〈先頭ガタイ〉の手に自分の手を添えて、申し込みを受けたが顔は真っ赤だ。

 人見知りなのに良く受けたな。


 断ったら、珍しいお菓子を貰えないと思ったんだろう。

 その証拠に、またカカオ菓子の欠片を貰って満面の笑みになっているぞ。

 横から、〈アコ〉の「はぁー」という溜息が聞こえてきた。


 「おほほっ、わたくしの婚約披露へ特別に招待してあげました、平民さんがいらっしゃいますね。分相応(ぶんそうおう)に隅っこにいるのは、自分達の立場を少しは分かっておられるのね」


 〈ミ―クサナ〉嬢と、ゴテゴテと宝石をつけた取り巻きの女性達が、僕らに嫌味をワザワザ言いにきたらしい。

 〈クルス〉と〈サトミ〉は結婚するまで平民だし、〈アコ〉も王族とはいえ確固たる爵位を持っているわけじゃない。

 たぶん、この舞踏会では許嫁達以外に平民はいなくて、最低でも騎士爵なんだろう。

 そこをいやらしく責めてきたわけだ。

 ただそのことで、会場から追い出すことまでは思っていなくて、〈アコ〉を悔しがらせてマウントを取りたいんだと思う。


 王子と一緒の時は猫を被っていたのが、離れたら直ぐにこれだよ。

 コイツの素(す)はどうしょうもないな。

 もし王妃になったら、国が傾きそうだ。


 〈先頭ガタイ〉は、目を見開いて〈ミ―クサナ〉嬢を見ている。

 今までは、猫被りの姿しか見たことがなかったのか。

 女を見る目がないんだな。

 鍛(きた)えてないから、僕もないと思うけど。


 〈先頭ガタイ〉は、少し目を閉じて再度開いた時には、やけにスッキリとした顔をしていた。


 「〈ミ―クサナ〉さん、お久しぶりですね。婚約おめでとう」


 「あっ、えっ、〈バクィラナ〉さん、ありがとう」


 〈ミ―クサナ〉嬢は、〈アコ〉がいると周りが見えなくなるんだ。

 どんだけ、〈アコ〉に執着しているのか、気持ちが悪い。


 いるとは思わなかった〈先頭ガタイ〉に、声をかけられて、慌てる様子が笑いを誘う。

 断る選択肢はなかったのかも知れないが、結果的に〈先頭ガタイ〉より王子を選んだんだ。

 気まずい思いをする、会いたくない相手だったんだろう。


 許嫁達も〈ミ―クサナ〉嬢が動揺した様子を見て、笑いを堪えているようだ。


 「僕は〈タロ〉君と友達なのですよ」


 〈先頭ガタイ〉は、少し大きな声で〈ミ―クサナ〉嬢に宣言した。

 はぁ、知り合いだけど、いつから僕と〈先頭ガタイ〉は友達になったんだ。

 まあ、実害はないから良いけど。


 「ふん、それがどうしたんですか」


 〈ミ―クサナ〉嬢は、とても気の強い女性なんだな。

 〈先頭ガタイ〉の宣言にムカッとして、その感情をむき出しにしている。


 〈先頭ガタイ〉の宣言は、友達に失礼なこと言うと黙っていないってことだからな。


 「ふっ、英雄の友達になると、幸せになるんだよ」


 〈先頭ガタイ〉は、〈ミ―クサナ〉嬢と〈ヨー〉の胸を交互に見て「ふっ」と笑いやがった。


 〈先頭ガタイ〉よ、それはどうなんだ。

 その視線は双方に失礼だと思うよ。

 思っていても態度に出しちゃ、あかんヤツだ。


 ただ、今までの人生で嫌というほど胸を見られて、強い耐性を獲得したのか、〈ヨー〉はあまり気にしていないようだ。

 それか、カカオ菓子でもう餌付けされてしまったのか。


 〈ミ―クサナ〉嬢の方は耐性がなく、沸点(ふってん)も低いようだから、さらにエキサイトしてきたぞ。


 「ふん、英雄なんて言われていい気になっても、南の端の領主だから、こんな土臭い娘が婚約者なのよ」


 かぁー、これは聞き逃せないな。

 僕のことはまだ良いとして、許嫁達を貶(けな)されたら黙っているわけにはいかない。

 特に〈サトミ〉は、農業の学舎にいっているからか、土臭いと言われてとてもショックを受けている顔だ。


 僕は〈サトミ〉の前に立ちはだかり、〈ミ―クサナ〉の正面に立った。


 「はぁー、お前なぁ、い…」


 きぃー、誰だ。

 僕が言い返すのを邪魔するヤツは。


 「ほぉ、〈ミ―クサナ〉君は、私の妹に暴言を吐くんだ」


 後ろから来た〈サヤ〉が腰に両手を当てて、〈ミ―クサナ〉を冷たい目で睨んでいるぞ。


 〈サヤ〉がド真剣に怒ると、角と牙が生えた般若の面を被っているようだ。

 上乳より上が裸なのに、返答しだいで半殺しにされると思う。


 「ぎゃー、〈サヤーテ〉先生。これは違うんです。そのようなつもりはありませんので、どうかお許しください」


 〈ミ―クサナ〉は、九十度以上のお辞儀を〈サヤ〉と〈サトミ〉にして、逃げるように行ってしまった。

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