第533話 婚約者は捨てられた

 「うーん、〈バクィラナ〉君は〈ヨー〉のことが気になるみたいだな」


 〈ヨー〉と言うより、〈ヨー〉のおっぱいだな。


 「胸に邪念があるみたいですけど、明らかに気に入った感じですわ。〈ヨー〉どうするの。相手は公爵家だから、正妻は無理だけど家柄は最上だわ」


 「あ、う、えーっと。〈アコ〉どうしたら良いと思う」


 「もう、自分のことでしょう」


 「ふぅん。でも、男性は苦手なの」


 苦手と言いながら、近衛隊のエースである〈ガルスィト〉先輩には憧れていたんだ。

 〈ガルスィト〉先輩に好意を寄せられたら、〈ヨー〉はどうしてたんだろう。

 たぶん、付き合っていたと思う。


 だからどうだと言うことではないが、すこし釈然(しゃくぜん)としないな。

 これは僕が、〈先頭ガタイ〉の知り合いだからなんだろう。

 いや、違うな。

 イケメンで爽(さわ)やかなヤツが嫌いだからだ。


 「〈アコ〉聞くけど。〈バクィラナ〉君と〈ミ―クサナ〉嬢は、婚約してたんじゃないのか」


 「〈タロ〉様、「しぃー」声が大きいですわ。そうなのですけど、婚約を解消して〈ミ―クサナ〉は王子を選んだってことよ。〈サシィトルハ〉王子の婚約に対抗するため、急遽派閥の中の高位貴族の娘を選定した結果だと思うわ。〈ミ―クサナ〉は王子の正妻になるからすごく喜んだらしいけど、元婚約者は捨てられた感じかも知れないわ」


 僕達は円陣を組むように集まって、ひそひそと〈アコ〉の話を聞いた。


 「あっ、それで〈バクィラナ〉さんは隅っこに一人でいたんだね。腫物(はれもの)なんだ」


 〈サトミ〉、僕もそう思ったけど声に出して言ってあげるなよ。

 あまりにも悲し過ぎる。


 高位貴族はその殆どが、政略結婚だとは思うが、〈先頭ガタイ〉と〈ミ―クサナ〉嬢はそれなりにデートとかしてたんだろう。

 僕みたいにおっぱいを触りまくっていなくても、何らかの交流はあったはずだ。

 手を絡ませたり、キス程度はしたのかも知れない。


 それを、たぶん親も〈ミ―クサナ〉嬢も、何でもないことのように無かったことにしたんだ。

 〈先頭ガタイ〉は断って欲しかったのだと思うな。

 例え王子が相手とはいえ、自分を選んで欲しかったはずだ。


 それをすごく嬉しそうに、〈あなたはいりません〉と言われたら、そりゃかなりのショックだろう。


 「待たせたな。これがさっき言ってた、珍しいお菓子だよ。西の《トロヘ》国から輸入された、カカオ菓子って言うんだ」


 〈先頭ガタイ〉が持ってきたのは、チョコレートみたいなお菓子だ。

 きっと、チョコレートみたいな味がするんだと思う。


 だけど、《トロヘ》国から来たんだ。

 すごく遠いけど、チョコレートの賞味期限は長いので、何とか輸入出来たんだろう。


 それにしても、思っていた以上に公爵家の財力や権力は凄まじい。

 どうやって、遠く離れた反対側の国の産物を手に入れられたのだろう。

 興味が尽きないな。


 女性はやっぱりお菓子には目がないからか、許嫁達も興味津津だ。

 〈ヨー〉もカカオ菓子の甘い匂いに釣られて、〈アコ〉の後ろから出てきたぞ。


 僕も珍しいお菓子は食べたいので、グッと〈先頭ガタイ〉の前に両手を差し出した。

 ちょっとちょうだいのポーズだ。


 「あっ、〈タロ〉君も欲しいのか。しょうがないな。婚約者の皆さんにも分けてあげるよ」


 〈先頭ガタイ〉はいつものガサツさを隠すように、僕にまで愛想笑いをしている。

 〈ヨー〉に好印象を持たれたいんだろう。

 いやらしい計算をしてやがる。


 〈先頭ガタイ〉から貰ったカカオ菓子は、小さな欠片(かけら)だけど非常に甘かった。

 賞味期限を持たせるためと、カカオの苦さを抑えるためか、砂糖を大量に使用しているらしい。

 これじゃココアパウダーを振りかけた砂糖だよ。


 「うっ、これは危険なお菓子ですわ」


 〈アコ〉は、お腹を押さえながら懸念(けねん)を口にしている。

 食べた途端(とたん)に、お腹がポッコリ出てきたんだろう。


 「甘いですね」


 「すごく甘いね」


 〈クルス〉と〈サトミ〉は、当たり障(さわ)りのない感想だ。

 美味しそうではない感じの顔だ。


 これは甘すぎるよな。

 もっと砂糖を抑えた物を輸入すれば、儲かるかも知れない。

 ただ、遠いし伝手も持っていないから、現状では厳しい。


 「うわぁ、このお菓子すごく美味しいです」


 〈ヨー〉が人見知りにも係わらず、一人だけ大きな声でお菓子を称賛しているぞ。

 なぜだが、ココアパウダーを振りかけた砂糖の塊のような、このお菓子を気に入ったらしい。


 〈アコ〉が「〈ヨー〉はすごい甘党なのよ」と小さな声で教えてくれた。


 そうか、糖分が全ておっぱいに集中して、巨大なものになったのか。

 努力して出来ることじゃない。

 すごい才能をお持ちだ。

 舐めたら、きっとおっぱいも甘いのだろう。


 「ふっふっ、〈ヨー〉さん気に入って頂けましたか。また機会があれば、珍しいお菓子をご馳走(ちそう)しますよ」


 〈先頭ガタイ〉は、ニヤニヤした笑みを浮かべている。

 自分が立てた、お菓子で釣るっていう戦略がズバリ当たったんだ。

 自分に酔って、誇らしい気持ちなんだろう。


 

 〈ヨー〉は甘いものに完全に釣られて、〈先頭ガタイ〉にどんなお菓子があるのか聞いてやがる。 

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