第531話 転生者は、消される運命
近衛隊関係の集団も近づいてきて、僕に挨拶をしてくる。
「お目にかかれて光栄であります、《ラング伯爵》様。男爵で近衛隊長を拝命しています、〈ガルスィト・ウラョク〉と申します。《伯爵》様のご活躍は常々伺(つねづねうかが)っていましたが、素晴らし武勇(ぶゆう)をお持ちで感服(かんぷく)しております」
「ご丁寧なご挨拶を頂き痛み入ります。海方面旅団長に任命されています、《ラング伯爵》の〈タロスィト〉と言います。〈ガルスィト〉様に、おかれましては日々の重責お疲れ様で御座います」
この近衛隊長のおっさん、中年なのに痩せているな。
きっと、王様の我儘(わがまま)とか感情の起伏(きふく)が激しくて、ストレスが半端ないんだろう。
良く気疲れする仕事をやっているな。
思わずお疲れさんと言ってしまったよ。
〈サヤ〉との話に夢中だった、近衛隊のエースもやっと僕に挨拶をしてきた。
最初は僕に挨拶をするのが常識だろう。
〈ガリスィト〉という名前らしいけど、男爵の子供で近衛隊へ所属しているのに、それで良いのかと思うよ。
これは僕がまだ学舎生だから、舐められていることでもあるんだろう。
他の人と許嫁達と〈サヤ〉も、それぞれ挨拶を交わして、今は世間話に移っている。
どうも、近衛隊長のおっさんも、〈サヤ〉のことを気に入っているらしい。
《ウラョク》男爵家は、代々近衛隊に入る家柄のようで、武を第一に考える家風と話していた。
それで武道に優れる〈サヤ〉と、考え方や話が合うんだろう。
ただ、女性の役割はまた違うと思うし、平民の〈サヤ〉は正室にはなれないはずだ。
正室がいないのに〈サヤ〉を側室にするつもりなのか。
第一に〈サヤ〉は、側室であることが難しいと思う。
息をするように、正室を精神的に追い込んでしまいそうでとても怖いと思うな。
僕は男爵と武道の話をしている〈サヤ〉を見て、「はぁー」と溜息を吐いた。
近衛隊のエースの〈ガリスィト〉は、僕をなぜか敵視しているようで、どうもガンを飛ばしてきているらしい。
コイツ、ほぼ初対面の僕に何をしやがるんだ。
どうも〈サヤ〉が僕のことを、許嫁達と同じように「〈タロ〉様」と呼びかけるのが気にいらない感じだ。
〈サヤ〉が「〈タロ〉様」と言うたびに、こめかみがピクピクとして分かりやすい。
子供の時からの知り合いだから、こう呼ばれるのは自然だろう。
やっぱりコイツとは、友達にはなれないな。
「《ラング伯爵》様は、三人も婚約者がおられるのに、〈サヤーテ〉さんも側室に加えられるのですか」
えっ、何を言っているんだコイツは。
どこをどう間違ったらそんな話になるんだよ。
〈サヤ〉も何をやっているんだ。
頻繁(ひんぱん)に鍛錬してたくせに、ちゃんと伝えておけよ。
「はっ、〈サヤ〉が側室って、悪い冗談は止めてくださいよ。僕の側室は、〈サヤ〉の妹の可愛い〈サトーミ〉の方です。二度と間違わないで欲しいですね」
ははっ、この勘違い大バカ野郎にきつく言ってやったぜ。
僕が密かに満足していると、突然脇腹に激痛が走った。
あっ、僕を狙った暗殺者がこの会場に潜んでいたのか。
転生者は、消される運命なのか。
「ぐっ、脇腹を刺された」
「ふん、刺してはいませんよ。失礼な男に、貫手(ぬきて)を贈って差し上げただけです」
はぁー、〈サヤ〉にやられたのか。
コイツはやっぱり、とんでもない女だ。
上乳より上が裸なのに、あばらの下から肝臓へ貫手をかましやがった。
知らないのか、肝臓が潰れたら死んじゃうんだぞ。
僕が脇腹を押さえて、苦しんでいると。
「お姉ちゃん、やり過ぎだよ」
と〈サトミ〉が〈サヤ〉に文句を言って、脇腹を優しくさすってくれた。
ほんと、婚約者が〈サトミ〉で良かったよ。
神様と両親に、感謝のお祈りを捧げておこう。
「あっ、《ラング伯爵》様、失礼いたしました。〈サヤ〉さんの妹君だったのですか。ふふふっ」
近衛隊のエースは、手の平を返したように上機嫌で気持ち悪く笑ってやがる。
何なんだよ、コイツは。
肝臓を潰されそうになった僕を笑うなよ。
元凶の〈サヤ〉は、これっぽっちも悪い事をしたと思っていないようだ。
それどころか、なぜそんな事を言ったって感じで、僕を冷たい目で見ているぞ。
再度言おう。
婚約者が〈サトミ〉で死ぬほど良かった。
脇腹の痛みが治まって周りを見ると、〈アコ〉が女の子と親しそうに話をしていた。
近衛隊の関係者らしい女の子で、《白鶴》の知り合いなんだろう。
他に若い女の子がいなかったからか、ほっとしているようだ。
だけど僕は、これ以上〈サヤ〉の近くにいたくないので、隅の方へ行くことにした。
次に腎臓を狙われる可能性も、捨てきれないと思ってだ。
ストマックブローで、胃を叩き壊される恐れもなくはない。
許嫁達だけに「隅に行こう」と告げたら、関係者の女の子も一緒についてきている。
たぶん親と来たんだろうが、〈サヤ〉の近くは嫌なんだろう。
〈サヤ〉に声を掛けられた時、傍目(はため)でも分かるほどブルっていたからな。
僕達は飲み物を貰って、少し休憩することにした。
はぁー、隅はやっぱり落ち着くな。
ここでまったりと、踊りが始まるまでゆっくりしていよう。
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