第530話 上乳から上が裸

 〈タィマンルハ〉王子の、婚約披露の舞踏会へ団体で乗り込んだ。


 許嫁達の他に、今回は〈サヤ〉も連れてきている。

 〈サヤ〉のドレスは、肩ひもが見えないくらい細いものだ。


 それに上乳が少し見えているぞ。

 上乳から上が裸のような、すごくセクシーなドレスだ。

 〈ベート〉の気合が、入り過ぎたんじゃないかと思う。

 手を添えて馬車から降ろすと、すぐさま男達の視線を釘付けにしている感じだ。


 顔がとても整った美人だから、こんなドレスを着させると大輪の花が咲いたような華やかな女になってしまう。

 でも僕は、本性を知っているから惑(まど)わされたりはしないぞ。

 会場へ向かう赤い絨毯の上を歩く時、〈サヤ〉がスッと僕の横に来てサッと腕を絡めてきた。


 〈サヤ〉が少し笑い顔なのは、ちょっとした悪戯をしてやろうってことか。

 〈アコ〉の方を振り返ると「どうぞ、どうぞ」って顔をしてやがる。

 あんたは、正妻だろうと言いたい。

 僕の腕を違う女に渡して良いのかよ。


 〈クルス〉と〈サトミ〉も、スッと目を逸(そ)らしやがった。

 〈サヤ〉に逆らえないのは分かるけど、これはちょっと酷いんじゃないのかな。


 〈サヤ〉と腕を絡めて、赤い絨毯の上を歩いていくと、「《ラング伯爵》は四人目か」「すごい美人だな」とヒソヒソ声がしてきた。

 〈アコ〉と〈クルス〉と〈サトミ〉が、後ろを歩いて来るから、もうこれはハーレムと言われても仕方がない状態だと思う。


 僕は引きつった笑いになっているし、〈アコ〉と〈クルス〉と〈サトミ〉は、憮然(ぶぜん)とした顔だ。

 〈サヤ〉だけは、ニコニコと笑ってやがる。


 コイツはドレスを造ると聞いて笑ったことを根に持って、今仕返しをしているんだろう。

 何て嫌な性格だ。

 このしつこくて負けず嫌いの性格が、武芸では役立っているとは思うが、こんなヤツを好きになる男の顔が見てみたいよ。


 会場は〈サシィトルハ〉王子の時と同じ、南宮にある大ホールだ。

 まずは主賓に挨拶しよう。


 〈タィマンルハ〉王子と、お相手の《ベソファ》伯爵の娘の〈ミ―クサナ〉嬢に挨拶をした。

 〈アコ〉と〈ミ―クサナ〉嬢は、何だかぎこちない挨拶になっていたな。

 少しわだかまりがあるのだろう。


 それと、帰り際に〈サヤ〉を「んっ」という顔で見ていたのは、この女性は誰だろうと考えていたのかも知れない。

 セクシーなドレスを纏(まと)っている、今の〈サヤ〉と〈健体術〉の〈サヤーテ〉先生が結びつかなったのだろう。

 〈アコ〉に気を取られていたので、僕を含めて他の挨拶は殆ど聞いていなかったんだと思う。


 ホールを進むにつれて今回も、「あの髪飾りは、なんの羽」「素敵な紅色ね」「まさか女王様と同じなの」と、囁(ささや)き声が聞こえてきた。

 〈サヤ〉も改めて、振り返り《赤王鳥》の羽飾りを見ている。

 それにしても、豪華なシャンデリアの下で見る、着飾った許嫁達はとても綺麗だ。


 「〈アコ〉〈クルス〉〈サトミ〉、ドレスがとても良く似合っているよ。すごく綺麗で僕の自慢だね」


 三人はポッと頬を染めて、「〈タロ〉様、褒めて頂いて嬉しいです」と僕の服を掴(つか)んできた。

 服を掴んだのは、この男は私のものですという意味なのかな。


 「〈タロ〉様、私は褒めてくれないのか」


 〈サヤ〉が催促をしてきたな。

 僕を試しているんだろうが、どう返してやろう。


 「〈サヤ〉が、武道着じゃないのはすごく新鮮だよ」


 「ふん、つまらないことを言うんだな」


 「ふっ、そうかな。それじゃ気の利いたことを、言ってくれる人の所へ連れて行くよ」


 一緒にいると、まだ何かやってくるかも知れないので、コイツとは早く別々になろう。


 僕達はキョロキョロとして、軍人っぽい集団を捜すことにした。

 近衛隊なら体格とか所作(しょさ)で、普通の貴族と違うから遠目でも見つけられるはずだ。


 捜している時に、〈先頭ガタイ〉が会場の隅で静かに立っているのが見えた。

 うんうん。

 アイツも、隅っこが好きなんだな。

 落ちつくもんな、気持ちは良く分かるよ。


 「あっ、〈タロ〉様。あっちにいる人達がそうじゃないかな」


 〈サトミ〉が、いち早く見つけてくれた。

 緑に囲まれた学舎だから、目が良いんだろう。

 僕達は集団で、近衛隊が固まっている場所を目指して歩き出した。


 近づいてくと、一人のイケメンが走るようにこちらにやってくる。


 〈サヤ〉の目の前に来ると、

 「〈サヤーテ〉さん、良く来てくれました。貴女が来られるか、心配で堪(たま)らなかったです」

 とキラキラした顔で言いやがった。

 ちょっと芝居がかった言い方だよ。

 恥ずかしくは、ないのだろうか。


 「ふふ、せっかくのお誘いですから、柄(がら)ではないですが、のこのこと来てしまいました」


 「そんなことはありません。〈サヤーテ〉さんのドレス姿は、まるで女神のようです。他の女性を圧倒して光輝いていますよ」


 このイケメンは確か、近衛隊のエースで親は近衛隊長だったはずだ。

 親が長をしている職場に入ったのか。

 縁故採用じゃないのか。


 何が〈女神〉だ。

 どう考えても褒め過ぎだろう。

 歯がグラグラ浮いてしまう気持ち悪いセリフだ。

 こんなキザなヤツとは、たぶん、友達にはなれないだろうな。

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