第527話 一生で一度の恋
〈サヤ〉から、鬱陶(うっと)しいお誘いがやってきた。
王宮の近衛隊と鍛錬をしないかと。
誰がするかよ。
速攻で「僕は行かない。行きたいなら一人で行けよ」と返事をしてやった。
怒ると思ったけど、何も怒らなかった。
どうしてなんだ。
それどころか、少しニヤニヤしてたと思う。
解(げ)せんな。
かなり不穏だと思ったので、〈アコ〉の母親に少し探りを入れて貰った。
マズいことが起きている予感が、ぞわっとしたんだ。
そうすると、驚愕(きょうがく)の事実が浮かび上がってきた。
「〈タロ〉様、〈サヤ〉さんは〈親子鷹〉の若鷹の方と、二人で鍛錬しているらしいです」
「えぇー、そうなんですか。二人でですか」
「ふふふ、それも嬉しそうに、ニコニコとしてやっているらしいですよ」
おぉ、それで断っても怒らなかったのか。
鍛錬という名の逢引きじゃないのか。
大変不純だとしか思えないな。
王宮でデートとか不敬になるぞ。
〈サトミ〉に言いつけてやろう。
「〈サトミ〉知っているか。〈サヤ〉が王宮で逢引きしてるんだぞ」
「〈アコ〉ちゃんに聞いたよ。〈タロ〉様、お姉ちゃんを応援してあげてね。武芸以外は不器用だから、これがお姉ちゃんの一生で一度の恋かも知れないの」
〈サトミ〉に、真剣な眼差(まなざ)してまれるとな。
「〈サトミ〉、分かった。出来る範囲で協力するよ」
「やったー、〈タロ〉様、ありがとう」
〈サトミ〉はすごく喜んでいるけど、僕が少し協力したぐらいで上手く行くはずもない。
第一何を協力するんだ。
鍛錬を断ったことは、結果的に協力ではあったが。
後は何もないと思うな。
休養日に〈アコ〉と〈クルス〉と〈サトミ〉に貰った襟巻(えりまき)と爪切りを渡そうと思う。
もう、他の従業員には渡し済みだ。
許嫁達の襟巻よりは数段劣(すうだんおと)る物だけど、皆喜んで〈ルメータ〉のお礼を言っていた。
爪切りの感想は〈レィイロ〉に、直接言うように言ったのは言うまでもない。
許嫁達へ貰った物をそのまま渡すのでは、あまりにも芸が無さ過ぎると考えた。
おお、寒ってヤツだ。
襟巻だからな、寒いのはよくない。
だから、〈細密宝貴石細工店〉で襟巻を留める装身具を作って貰った。
高級な毛皮に負けないように、キンキラした黄金製の物だ。
その黄金の上に、ピンク色の石で太陽と月と星を散りばめてある。
ピンク色の石は僕が採取した紅石英だから、とても宝石とは言えない。
紅水晶でもないんだ。
少し綺麗なただの石と言われても、何も反論出来ない。
髪飾りにも、この石を使ったと思う。
だから、カラーコーディネート的には良いと思ったんだ。
でも今度は、まともな宝石にした方が良かったかな。
許嫁達が喜んでくれるか少し不安になる。
〈アコ〉と〈クルス〉を学舎へ迎えに行くと、何と〈サヤ〉が一緒にいる。
僕も驚いたが、〈リク〉も珍しく動揺していた。
それほどの珍事だと言えよう。
「えっ、〈サヤ〉。どうしたんだ」
「ふふ、〈サヤーテ〉先生はドレスを造るのですよ」
〈サヤ〉が横にいるのに、なぜ〈アコ〉は怖がらないんだ。
震えていないで、微妙な顔をしているだけだ。
〈クルス〉の顔も、恐怖で引きつっていないな。
「〈サヤーテ〉先生は、〈タィマンルハ〉王子の婚約披露へ行かれるのですよ」
「おっ、〈サヤ〉。そうなの」
「あぁ、そうなりました。だから、〈アコーセン〉君と〈クルース〉君に、懇意の店を紹介して貰うのですよ」
おぉ、〈アコ〉と〈クルス〉が、今日は〈サヤ〉にビビッてないのは、有利な立場に立っているからか。
ただ、〈サヤ〉が舞踏会へ行くのか。
これはアレだな。親子鷹の近衛隊のエースに誘われたんだろう。
どう考えても、いやらしい下心が隠れているんじゃないのか。
「へっ、色っぽいドレスにするのか」
がぁー、自分で言って鳥肌が立ったよ。
〈サヤ〉が色っぽいドレス。
似合わないな。
チキンスキンがイボイボだよ。
「〈タロ〉様、今、笑いましたね」
〈サヤ〉が眼を細くして、睨(にら)みつけてきたぞ。
ひゃー、コイツを怒らしたら面倒だ。
もうからかうのは止めよう。
〈サヤ〉を〈ベート〉の店に連れていってから、〈南国果物店〉へ向かう。
「〈サヤ〉のドレスの、見立てには付き合わないのか」
僕が、〈アコ〉と〈クルス〉にこう聞くと。
二人は頭が千切れるくらい、ブルブルと横に振った。
「〈タロ〉様、私が心労(しんろう)で倒れても良いのですか。後は、怖いもの知らずの〈ベート〉さんに任せるしかありませんわ」
「あの〈サヤーテ〉先生が、ドレスを造るのですよ。普通のことではあり得ません」
〈サヤ〉のことを何も知らない〈ベート〉に、災厄を押し付けるのか。
〈ベート〉に対する二人の扱いが、僕と似通ってきて嬉しく思うな。
〈サヤ〉に〈サトミ〉と会わないのと聞いたら、恥ずかしいから嫌だと言っていた。
いい年こいて、何が恥ずかしいだ。
自分が、色気づいている自覚はあるのだろう。
〈南国果物店〉の店先では、〈アーラン〉ちゃんが、愛くるしい顔で出迎えてくれた。
あどけない笑顔に癒(いや)されるわ。
立派な〈南国果物店〉の看板娘だな。
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