第526話 宣言がなされた

 「お揃いで、十数人か」


 「ふぅん、短いのか」


 「質問です。短さはどの位ですか」


 やっぱり優等生だな。

 僕はしたことがないが、授業でも質問を良くしているんだろう。


 「うーん、測った訳ではないので正確には分からない。太ももの半分は見えていたと思う」


 「おぉー、太ももの半分以上なのか」


 大浴場全体が揺れるような、大きなどよめきに包まれた。

 はははっ。

 この様子では、もう歌のことはすっかり忘れているぞ。


 「質問です。その子達は〈緑農祭〉で何をしているのですか」


 「売り子だよ。農産物を買ったら、深々とお辞儀(じぎ)をしてくれるんだよ」


 「おっ、お辞儀」


 「えっ、短い。深々」


 「うーん、うーん」


 《青燕》生達が一斉に何かを考え出した。

 皆フルチンで難しい顔をしている。

 よほど難しい問題なんだろう。

 ウンウン唸っているヤツもいるぞ。


 ただ、急に考え出したのはなぜなんだ。

 《黒鷲》の男爵以上と僕は、ぽけーっとそれを眺(なが)めているだけだ。

 少しおバカさんだからな。


 「質問です。その子達の背後は、一組の拠点のようになっていますか」


 えぇー、今までのやり取りで、どうしてこの質問が飛び出すんだ。

 僕の名誉とトラブル防止のため、話すつもりのない事柄を暴(あば)こうとしてやがる。

 頭が良過ぎて怖くなるぞ。

 それとも、飢えた青少年の執念が発動しているのか。

 いづれにしても、背筋が凍る話だ。


 「うぅ、なっていたと思う」


 「これらから、導かれる結論は。あっ」

 「おぉー、やっぱり」

 「ひゃー、すごい話だ」


 「さすが僕らの英雄〈タロ〉だ。いつも股間を膨らませて、撒き散らしているのは伊達(だて)じゃないんだ」


 いや、あなた。

 いつも股間を膨らませて、撒き散らしてはいませんよ。

 時々です。


 「質問です。〈緑農祭〉の開催は何時頃ですか」


 「一年後だと思う」


 「はぁー、一年後だと」


 「けぇー、それに思うだと。確証はないのかよ」


 大浴場の中が殺伐とした雰囲気に変ってしまった。

 僕へむけて、怒号を撒き散らしてやがる。


 どうも溜まりに溜まった青少年の助平心を、煽(あお)るだけ煽って、マテをしたのがいけなかったようだ。

 さかりのついたコイツらには、マテは効かないらしい。

 犬以下だな。


 「コイツは、自分だけ見たんだ。許せないだろう。もう一度あの歌を歌ってやろうぜ」


 げぇー、こんなの集団虐めだよ。

 すごく有益な情報を与えてやったじゃないか。

 危険を犯してバラした意味が全くないぞ。


 僕の心の叫びも虚しく、一組の連中も悪乗りして、またあの歌を合唱しやがった。

 〈先頭ガタイ〉もウザいほど、大声を出してやがる。

 大浴場が震えるくらいの、フルチン集団の大合唱だ。


 関係者が見たら何て言うか。

 たぶん、親は泣き崩れると思うよ。

 こんなことをさせるために、学舎に入れた覚えはありませんと。


 僕の許嫁達も、プンプンに怒ってくれると思う。

 でも、〈フラン〉のあそこは見せたくないな。


 一年後の後日談ではあるが、〈緑農祭〉で親孝行をする学舎生が大量に発生したらしい。

 母親の荷物持ちや、実家に農産物を贈る行為が流行したようだ。

 田舎なのに農産物が送られてきて、困惑する現象は大いに笑いを誘ったと伝承されている。


 〈サトミ〉には、「〈タロ〉様が〈緑農祭〉を宣伝してくれたんだ。ありがとう」とお礼を言われた。

 怪我の功名ってヤツだな。


 問題は二年後の〈緑農祭〉である。

 僕はもう卒舎してたから、この件に関しては全面的に関係ないと、強く訴えておこう。


 何があったかというと、売り子の背後に立派なバックパネルが作成されたんだ。

 瑞々(みずみず)しい農産物が、大きく描(えが)かれた中々の力作だったらしい。


 一部の《青燕》生の仕業(しわざ)である。

 《緑農学苑》側は、祭りが盛り上がると諸手(もろて)を上げて喜んだそうだ。

 《緑農学苑》の売り子と好い仲なったヤツが、頼まれて造ったらしい。


 だが、彼女がいないヤツは怒髪天の怒りに襲われて泣き喚いたようだ。

 それはそうだろう。

 何にもなくても、彼女持ちは怨嗟(えんさ)の対象だからな。

 リア充はぜろって言うことだ。


 大多数の《青燕》生と《黒鷲》生は、言い知れぬ憤(いきどお)りを覚えて、バックパネルを制作した学舎生を糾弾(きゅうだん)したと聞いている。


 その対決の場所はこの大浴場である。

 売り子のバックを巡(めぐ)る因縁の場所と言えよう。


 そこで、「フルチンの、フルチンによる、フルチンのための視野を〈緑農祭〉から決して絶滅させないために、我々がフルチンを固くして決意する」と高らかにフルチン宣言がなされた。


 バックパネルを制作した学舎生からは、「そんなアホなことを言っている暇があったら、彼女をつくれよ」と反論があったが、多くの恵まれない学舎生の怒号にかき消されてしまったようだ。


 ただ、悲しいかな。

 〈緑農祭〉の売り子の制服は、覗き騒ぎでズボンへ変更されてしまった。


 捕まったのはチェック柄の野鳥観察の兄ちゃんだ。

 毎年同じ服装で行ってたのと、農産物を全く買わないのと、野鳥観察という言い訳が良くなかったと思う。

 三つもあれば、そりゃ疑われるわ。


 だが、僕のことは一切洩(いっさいも)らさなかったようで、そこは助平の仁義を守った昔気質(むかしかたぎ)の生粋(きっすい)の覗き魔と言えよう。


 よう知らんけど。 

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