第524話 「ピヨリーョリョー」

 我が二組はちょっと真面目に防御をしていたが、枯草を抜けられた時点で時間の問題だった。


 その時間が来ようとした時に、

 「ピヨリーョリョー」

 と腰が砕けそうな先生の笛が鳴った。


 学舎は資金不足なのか。

 新しいまともな笛を買ってくれよ。

 そんなことより、どうもこれは勝敗が決まった合図らしい。


 一組は茫然とバカ面を晒して固まっている。

 勝利が目前だったからな。

 ただ、我が二組も「嘘だ」と言っているぞ。

 僕は「えっ、ほんと」と、言ったから相当マシだと思う。


 一組の拠点を見ると凸凹コンビが、肩車のまま白い旗を振っているのが見えた。

 おぉ、自立遊撃特攻隊が無事任務を達成してくれたんだ。


 「やったー、俺達が勝ったぞ」


 「ひゃあー、勝ってしまったよ」


 「どうして勝てたんだ」


 「あいつ等、どうやって崖を登ったんだ」


 ふふん、それは枯れ木魔獣の折れた枝を崖に刺して登ったんだよ。

 僕はそう言う意図で指令を出したから、たぶんそのはずだ。


 〈先頭ガタイ〉は、悔しいとも何ともない顔だ。

 まさかコイツは、僕の股間だけを狙っていたんじゃないよな。


 二組の皆は、とても誇らしそうだ。

 意地悪が上手く嵌(は)まって嬉しいんだろう。

 天に拳を突き上げて、ガッツポーズもしているぞ。


 一組はガクッと肩を落として、トボトボと帰り出している。


 僕達も二組も帰りかけたんだが、〈ソラ〉が信じられないことをしやがったんだ。

 大人しいと思っていたあの〈ソラ〉が、こんな凶悪な人間だとは知らなかったよ。

 人畜無害だと思っていた青年が、ある日突然とんでもない犯罪を犯すっていうのはこういう事だったんだな。


 とんでもない犯罪ってのは、僕をおちょくる歌をつくりやがったんだ。

 それをまた〈フラン〉達が面白がって、一緒に歌い出す始末だ。


 《青燕》生達も、僕の組長ぶりに含むところがあったんだろう。

 三人も可愛い嫁がいるのが、たぶん気に入らないのだろう。

 あぁ、いやだ。いやだ。醜(みにくい)嫉妬だな。


 最後は二組全員が合唱するという、とんでもない羞恥(しゅうち)プレイをかましやがった。


  【唄:僕らの英雄〈タロ〉】


 顔を見ろ、技を見ろ、嫁を見ろ

 〈タロ〉は、海方面旅団長だ

 〈タロ〉は、剣術が強いんだ

 〈タロ〉は、嫁が三人いるんだ

 いつもイチャイチャだ

 この憤(いきどお)り許すまじ

 行け行け、僕らの英雄〈タロ〉


 泥を見ろ、草を見ろ、旗を見ろ

 〈タロ〉は、作戦を立てるんだ

 〈タロ〉は、意地が悪いんだ

 〈タロ〉は、最後は勝つんだ

 指揮をとらせても凄いんだ

 股間をいつも膨らますし

 立て立て、僕らの英雄〈タロ〉


 歌を聞け、音を聞け、泣きを聞け

 〈タロ〉は、吟遊詩人に歌われた

 〈タロ〉は、蜘蛛の魔獣と戦った

 〈タロ〉は、誘拐犯を捕まえた

 奴隷を泣く泣く諦めた

 部屋に匂いを撒き散らすし

 飛べ飛べ、僕らの英雄〈タロ〉



 無茶苦茶な歌詞で、良く〈ソラ〉は恥ずかしくないな。

 僕は死ぬほど恥ずかしいぞ。


 それと僕がキモい助平のように聞こえる、印象操作的な歌詞だと思う。

 ナイスガイである僕の品行方正さを、何も表現出来ていない。

 クソみたいな歌だ。


 何気に、〈部屋に匂いを撒き散らす〉と言うフレーズが一番ショックだ。

 そんなに、軟体動物臭かったのか。

 部屋の換気が不十分だったのか。

 撒き散らす回数の問題か。


 てめぇらも変わらないだろうが。

 健全な青少年の僕を貶(おとし)めるなよ。


 「お願いだから、歌わないでくれ」と言ったら、「心配いらないよ」と言って歌うのを止めない。

 はぁー、どういうこと。

 バカじゃん。


 僕は肩を一組以上にガックリと落として、ゾンビのようズルズルと最後尾を歩くことしか出来なかった。

 真面目に授業を受けただけなにの、この仕打ちは悲し過ぎると強く思う。


 「これで今日の授業は終了だ。軍の大浴場を借りているから、各自汗を流すように。それと泥は、風呂に入る前に流しておけよ。軍がカンカンに怒ってくるぞ」


 あぁ、あんなに頑張ったのに、勝者を称(たた)えることもしないのか。


 まあ、〈武体術〉の授業だから、軍事的演習を体験することが重要なのだろう。

 この授業で何んの成果があったのか、とんと見当はつかないが。


 僕達二組はドロドロじゃないから、先に大浴場に飛び込んだ。

 軍の大浴場は広くて、湯気で向こう側の壁が見えないほどの大きさがある。


 《青燕》生達は、〈フラン〉のあそこを目(ま)の当たりにして、絶望的な顔になっている。

 僕は見るのが二回目だから、涙が滲(にじ)むだけで済んだ。


 初めて見るのは、人生で一番の衝撃だろう。

 そして、えげつない挫折(ざせつ)を感じているのと思う。

 自分が、いかにちっぽけな存在であったかをだ。

 事実ちっさいし。


 「あがっがっ、こんなの反則じゃないか」


 「げぇー、顔と下半身が反比例している」


 「ぐぅー、神様の意地悪」


 ただ気になることがある。

 《青燕》生達が僕を見て、「ふっ」と笑顔になるのはどういうことだ。


 僕のは、お前たちの精神安定剤じゃないぞ。

 間違っても口に含むなよ。

 股間を見られて笑われると、僕の心が病んでしまう。

 くそみそで最低な歌に続いて、ダブルパンチだ。

 精神がカリカリと削られる。


 

 僕のじゃなくて、〈アル〉〈ロラ〉〈ソラ〉〈ラト〉のでも良いはずだ。

 今見返しても、大きさは変わらないことを確認したぞ。

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