第522話 意地悪が大好き

 輝くような笑顔が、無駄に眩(まぶ)しいな。

 他の班長と副班長も、興味を持ったようだ。

 意地悪で良い反応するとは、コイツら人間性に何か問題があるんじゃないのか。

 すごく心配になるぞ。


 「ここに来るまでに難所があったろ。そこの崖(がけ)みたい所へ、水を撒(ま)いてやろうぜ」


 「ほほぅ、水を撒いて泥んこにして、ぐちゃぐちゃにするのか」


 いやー、そこまでじゃない。

 滑りやすいように、しようと思っていただけだ。

 〈泥んこで、ぐちゃぐちゃ〉までは思ってなかったよ。

 何て意地の悪い事を思いつくんだ。

 〈フラン〉は本当に怖いヤツだな。


 「でも、水はどうやって持ってくるんです。入れる物がなにもないですよ」


 〈ロラ〉が言うことは、もっともである。

 僕達は模擬刀を持たされているだけだからな。


 「うーん、そうだな。その旗を使おう。石を真中へ入れて端を持ったらバケツみたいになるだろう」


 「この旗なの」


 「ははっ、濡らしておけば、抜き取ったヤツをドボドボに出来るな」


 《青燕》の副班長が嬉しそうに言っているぞ。

 コイツも心に闇を抱えているのか。


 皆、意地悪が大好きなようで、嬉々(きき)として大きめの水溜まりから何回か泥水を運んだ。

 大きな旗だから、相当な量になって、小さな崖はもうドロドロだよ。

 旗もドロドロだけど。


 この旗をパイプに刺すのは嫌だな。

 どうしたもんだと思っていると、背の低いヤツと背のひょろ長いヤツが、「僕達が刺します」と汚れ役を買って出てくれた。

 背の低いヤツが背の高ヤツに肩車をされて、ひょいっと刺し込んでくれた。

 コイツら中々使えるんじゃないか。


 もう一つ作戦を思いついたぞ。


 「二人には独立特攻電撃隊をやって欲しい」


 「えっ、その長いのはなんですか」


 「君達は大回りで枯草に隠れながら、敵の本拠を背後から電撃的に陥(おとしい)れるんだ」


 「しかし、拠点の後ろは高い崖ですよ」


 「ふふっ、崖の裏には今は亡き友軍が潜んでいるだろう」


 「あぁ、そういうことですか」


 さすがは《青燕》生だ。

 僕の言わんとすることを、直ぐに分かってくれたぞ。


 「それでは、独立特殊遊撃隊は速やかに作戦を決行したまえ。成功の暁(あかつき)には輝かしい栄光が待っているぞ」


 うっ、隊の名称は何だっけ。


 「はっ、了解であります」


 凸凹コンビを二組全員が「シュタッ」と敬礼で見送り、僕達二組は難所の崖の上に陣取った。

 この難所を抜けられたら守備は困難なため、拠点周辺の守りは放棄してある。

 それに難所はすごく狭いため、三班をローテーションで回し、一つの班だけで対応することにした。

 体力と集中力を保つ効果も期待出来る。


 順番待ちの二つの班は暇なため、枯草の葉っぱを千切(ちぎ)って、崖に撒くことにした。

 より滑らせるためだ。


 「悪魔の泥沼作戦の開始だ」


 僕は即興(そっきょう)で考えた、面白みのない作戦名をボソッと唱(とな)えた。

 ボソッと言ったのは、作戦名に自信がなかったんだ。


 「おー」


 「やぁー」


 「いくぞ」


 「意地悪するぞ」


 「ドロドロになってしまえ」


 我が二組の連中は、結構盛り上がってやる気が出てるようだ。

 軍事演習はやる気がないけど、意地悪なら頑張るんだな。

 やっぱりどこかに、歪(ゆがみ)みを抱えているんだろう。


 ただし、一部不適切な発言があったとしても、僕達二組は清廉潔白(せいれんけっぱく)だと言っておこう。

 言うだけなら誰でも言えるんだよ。


 一組は、「わぁー」と小さな雄叫びをあげながら難所を歩いてくる。

 向こうの方も、大きな声を出したり、走って来るだけの熱意も能力もないらしい。


 一組の戦略は拠点に通じる細い道に一つ班を残して、後の二つの班でこちら側を攻めるようだ。

 極普通の戦略だと思う。

 細い道に一つ班を残して守備をすれば、自分達の旗が抜かれるより、こちら側の旗を早く抜けると考えたのだろう。

 こちら側は全方向から攻撃が可能だから、そう考えるのが当然だと思う。


 「あっ、二組はこんなに前で守っているのか」


 「馬鹿だな。これじゃ拠点はがら空きじゃないか」


 「ふん、誰が、こんな非常識な戦略を考えたんだ」


 「はぁ、そう思うなら早く登ってこいよ」


 「ひぃひぃ、早く来ないかなと待ってたんだよ」


 「皆行くぞ。ここを抜ければ勝利が確定するんだ」


 崖を登ろうとした先頭のヤツ三人が、同時に崖で転んでいるぞ。

 本当に同時だ。

 シンクロして綺麗にツルっと半回転したな。

 どこかで練習をしたんだろうか。

 そんな訳ないか。


 坂だしドロドロだし葉っぱもツルツルだから、単に転んだんだろう。


 「ひゃー、ツルツルで足が滑る」


 「あぁー、腰が痛いし、服が汚れたよ」


 「くそー、ドロドロだ。卑怯(ひきょう)だぞ」


 「ふははっ、勝手に転んでおいて、何が卑怯なんだ。どんくさいだけだろう」


 「あははっ、泥んこ遊びは楽しいだろう」


 「へへっ、早く拠点まで来てみろよ」


 勢いをつけて崖を超えようにも、上で模擬刀が何本も待っているんだ。

 その度に、崖をスベリ落ちるか転んでしまっている。

 もう一組は全員ドロドロになって、ちょっと気の毒な感じがするぐらいだ。


 ただ、一組の連中も少しは考えたのだろう。

 模擬刀を立てて、その上に乗って崖を超えてこようとした。

 だけど、模擬刀では不安定な足場にしかならない。

 だから崖の上から模擬刀で押せば、簡単にすっころんでしまっている。

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