第515話 黒色もいる

 「ふふ、〈サトミ〉ちゃんが、楽しそうで良かったわ」


 「うふ、〈サトミ〉ちゃん、学舎へ入って本当に良かったね。顔が輝いているよ」


 「へへっ、そうかな。それと、〈アコ〉ちゃんと〈クルス〉ちゃんは、手に持っている野菜を買ってくれるの」


 「ふふ、もちろんですわ。こんな新鮮な野菜を、買わないはずがないでしょう」


 「うふ、今夜の夕食で、お友達とこのお野菜を食べるのですよ。皆、美味しいと言うと思います」


 はぁー、どういうことだ。

 あの困難な進軍の最中に、野菜をゲットしていたのか。

 いつの間に。


 僕は、〈アコ〉と〈クルス〉を侮(あなど)っていたらしい。

 この二人は、この猛烈なおばさん達に、少しも負けていなんだな。

 頼もしいと同時に、背中がゾワッとしてくるぞ。

 僕の結婚生活は、思ってた以上に厳しいのかも知れないな。


 「あはぁ、二人ともありがとう。でも、〈タロ〉様は何も持ってないね」


 あっ、一杯買うと約束してたんだ。

 わぁ、どうしたらいい。


 キョロキョロ見渡すと、〈サトミ〉の前に袋が並んでいる。

 今から野菜はとても無理だから、これを買ってしまえ。


 「あはは、僕は野菜より、この袋に入っているのを買うよ」


 「ふぅん、〈タロ〉様。これで良いの。これは野菜の素揚(すあ)げだよ。あんまり人気がないんだ」


 えっ、人気がないってことは、美味しくないんだ。

 しょせん、学舎生が作っているんだし、ひょっとしたら売り物にならない野菜を加工した物かも知れないな。

 でも、もう後には引けない。

 見た所これしか買う物がないんだ。


 「ばっちり、大丈夫だよ。〈サトミ〉から買ったら、何でも美味しいに決まっているさ」


 「あはぁは、ありがとう、〈タロ〉様。売れ残りそうだったから、すごく嬉しいな」


 ふっふっ、〈サトミ〉のこの笑顔が、一番の御馳走(ごちそう)だと思う。

 この幸せがプライレスなんだ。

 何ものにも、代えがたいんだよ。


 僕達はまた三連合体して、即売場から無事逃げ出すことが出来た。

 でも大量の野菜チップスは、袋の中でパキパキと音をたててた。

 おばさんの、特にお尻プレスに晒(さら)されたのだろう。

 野菜チップスは、たぶん粉砕(ふんさい)されていると思う。


 〈アコ〉と〈クルス〉も、かなり疲れているようだ。

 野菜を持つ手が、やけに重たそうに見える。


 「私達はもう一度、野菜を買ってくるから、これを馬車に運んでおくれ」


 〈リーツア〉さんは、〈リク〉の方を見ながら当然のように言い放った。

 〈リク〉は何もしていなから、この位(くらい)しろってことなんだろう。


 ただ、呆れるのは、〈リーツア〉さん達の野菜にかける情熱だ。

 どんだけ、欲しいんだろう。

 理解が出来ない。


 そう思っていたら、〈アコ〉と〈クルス〉も再突入するらしい。


 「今度はお荷物がいないから、選んで買えるわ」


 「えぇ、重荷(おもに)がないので、じっくりと品定(しなさだ)めが出来ますね」


 はぁー、僕は重たくて邪魔な荷物だったのか。

 疲れて見えたのは、僕の見間違いだったんだな。

 悲しいよ、〈アコ〉〈クルス〉。


 僕と〈リク〉と駆け落ち夫は、女性陣が新たな戦いに向かった後、野菜を馬車に運んでいる。

 僕は〈アコ〉と〈クルス〉の分だ。

 〈リク〉と駆け落ち夫は、それ以外の大量の野菜だ。

 自分も食べるのだから、頑張って欲しい。


 駐馬車場から、ふと〈サトミ〉の方を見上げてみた。

 木の間から、コスチュームを着ている〈サトミ〉が見えるぞ。

 〈サトミ〉がいる場所は、少し高いから見上げる感じだ。


 お客にお辞儀をした拍子に、やはりスカートの中が見えてしまっている。

 だけど、僕の言うことを聞いて、黒い短パンを履いているな。

 よしよし、〈サトミ〉は素直で良い娘だよ。


 うーん、待てよ。

 よーく、考えてみよう。


 僕は少し駐馬車場を移動して、また即売場の方を見上げてみた。

 〈サトミ〉ではない売り子が、お辞儀をしているのが見える。

 あっ、白色だ。

 この娘(こ)は短パンを履いていない。

 誰も危険性を、言ってくれなかったのだろう。


 足はダイコンじゃない。

 すらっとした太ももは、薄いピンク色のキャロットだと思う。

 ポクポクと齧(かじ)ったら、甘いんじゃないかな。

 お尻はムチムチで、白い袋を被(かぶ)された新鮮な桃ってところか。

 熟(じゅく)す直前の、少しだけ堅(かた)い果実だ。

 このぐらいの硬さの方が、好みだと言う人も多いんじゃないかな。


 順番に見ていくと、ホワイト、ホワイト、ピンク、ブルー、ホワイト、イエローか。

 白が大多数だ。


 えっ、黒色もいるぞ。

 農業の学舎なのに、こんなアダルトな色で良いのか。

 学苑長は、事態を把握(はあく)していないんじゃないか。

 一保護者として、強く憂(うれ)えてしまうな。


 くっそう、駐馬車場が行き止まりで、売り子全員のスカートの中が見えないぞ。

 ひょっとしたら、黒色以上にアダルトな下着が、あったかも知れないのに。

 学苑長は、駐馬車場を拡張すべきだと思う。


 だが待てよ。

 僕はキョロキョロと、周りを見渡してみる。

 僕の危機意識が、「ピー」と警告を発したんだ。

 こんな場面を見られたら、痴漢だと思われてしまうぞ。

 言われなき罪を、着せられてしまいかねない。


 〈サトミ〉が短パンを履いているかを、確認するために、偶然見えただけなんだよ。

 不可抗力(ふかこうりょく)だと、弁解させて欲しい。

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