第516話 放置しよう

 何気(ないげ)ない振りをして、慎重に見上げなくてはならない。

 特に〈リク〉の動きに気を配ろう。


 〈カリナ〉にポロっと言われたら、身の破滅を招いてしまう。

 必ず許嫁達に伝わって、とんでもない軽蔑(けいべつ)を受けてしまうだろう。

 自分達の下着では、満足出来ないのかと、泣いてしまうかも知れない。


 でも、他の女の子の下着も、なぜか見たくなるんだ。

 許嫁達とは、別腹(べつばら)なんだよ。

 許嫁達ので満足していても、いくらでも目に入れることが出来る。

 助平の心に忍び込む、ちょっとした隙間(すきま)だと思う。

 助平な心は、いつだって甘い誘惑に晒(さら)されているのさ。


 それに勘違いしないで欲しい。

 見るだけなんだ。

 決して触るろうとは思っていない。

 見られていることを自覚していないのなら、僕だけの問題だと思う。

 だから、これは犯罪じゃないんだ。


 色々言い訳を考えていると、見るからに怪しい男が、駐馬車場へ侵入してきた。

 二十歳前後の小太りの男で、チエック柄のシャツを着てズタ袋を持っている。

 さらに髪は七三分けだ。

 一部の隙もなく全面的に怪しい。


 僕がいるのを見て、「チッ」と舌打ちしやがったぞ。

 これはもう確定だな。

 覗(のぞ)き野郎に違いない。


 一生懸命に頑張っている売り子を、背後から覗くなんて。

 卑怯千万(ひきょうせんばん)その性根(しょうね)は腐っているぞ。


 〈サトミ〉は短パンだけど、太ももは見えてしまう。

 こんなヤツに見られたら、穢(けが)れてしまいそうだ。

 学苑長に、早期の改善を要求しよう。


 「君もこの穴場を見つけたのか。観察力が鋭いな」


 覗き魔に褒められてもな。

 でも、良く分かっているじゃん。

 下着を見る目以外に、人を見る目も備(そな)わっているらしい。


 「ち、違うぞ、僕は婚約者が短パンを履いているか、確認しただけだ」


 なぜか動揺(どうよう)してしまった。


 「ふぅん、そう言うことにしておくよ。俺も野鳥の観察を、ここでしているだけなんだ。当たり前だけど、短パンには全く興味はないから、心配しないでくれよ」


 ふぅー、良かった。

 〈サトミ〉を見る気はないのか。安心したよ。


 はっ、そう言う問題じゃないような気がするな。

 それに、おばさん達が「ワァー」「ワァー」と大声で騒いでいるんだ。

 野鳥が近くにいるはずがあるか。


 「〈タロ〉様、どこにいるの。お昼を食べようよ」


 遠くで僕を呼び声が聞こえている。

 早くいかなくちゃ。

 ただ、売り子の敵である、この覗き魔をどうすべきか。

 検討項目が複数あるので、まずはお昼を食べよう。


 お昼は少し歩いた先にあった、芝生広場で食べることにした。

 赤ちゃんをあやしながら、〈リク〉が見つけてきた場所だ。

 泣き止まないので、ウロウロと歩き回ったらしい。

 まあ、そこそこの場所だと言っておこう。


 お昼ご飯は、「特製〈緑農祭〉弁当」だ。

 〈サトミ〉を通じて予約しておいた、豪華なお弁当である。

 ドーン、ドーン、ドーンと三重の折詰だ。


 ぎっしりと農産物が入っているだけに、かなりお高いんだ。

 でもこれも、〈サトミ〉の売り上げになるから、全くもったいなくない。


 「すごい量ですわ。私には少し多いです。〈タロ〉様、このお芋を食べてください」


 「そうなんだ。分かったよ」


 〈アコ〉のお弁当から、スイートポテトみたいのを取ろうとしたら、手をパシッと叩かれた。

 えっ、どうして。


 「そのお菓子じゃないです。こっちの煮物の方ですわ」


 はぁ、叩かなくても良いじゃないかと強く思う。

 僕の手より、お菓子の方が大事なのかと言いたくなる。


 「〈タロ〉様、私のお肉も食べてください」


 〈クルス〉の太もものお肉を、摘まんだら怒るだろうな。


 「うん。食べるよ。これだね」


 「へへっ、〈タロ〉様。このダイコンは〈サトミ〉が植えたんだよ。食べてみてよ」


 「おぉ、そうなのか。頂くよ」


 「お味はどうですか」


 「ひゃー、ものすごく美味しいな。ほっぺたが落ちそうになったよ」


 「ふぁあ、もう、〈タロ〉様は。褒め過ぎだよ」


 〈サトミ〉は少し照れているけど、とても嬉しそうだ。

 その後も、皆にダイコンを褒められて、幸せそうに笑っている。


 「そうだ。〈サトミ〉は、午後も売り子をするの」


 「うん、お昼からも売り子だよ。でも、場所が変わるの」


 「ほぉ、どこへ変わるの」


 「乳製品の即売場なんだ。また買いに来てね」


 かぁー、持ち場を変えて親や親せきに、大量の農産物を買わせる気だな。

 見え透(す)いた手だが、僕もその手に軽々と乗ってしまおう。


 「分かった。また一杯買うよ」


 「へへっ、ありがとう。来年は売り子じゃなくて、生産の方へ回るの。だから、沢山売りたいんだ」


 そうか。

 〈サトミ〉はもう、駐馬車場から覗かれることはないのか。

 そうなら、覗き魔はどうでも良い話ではあるな。


 下手に告発すれば、僕も変なことになりかねない。

 伯爵様で海方面旅団長を前面に出せば、有耶無耶(うやむや)に出来ると思う。


 ただ許嫁達がどう思うか。

 たぶん、僕が誤魔化(ごまか)したと思うだろう。

 そのことには、かなり自信がある。

 信頼があるようで、ないってことだ。


 だから、放置しよう。


 見ているだけじゃ、そんなに害はないだろう。

 女性は許せないと思うが、僕はあのチエック柄の気持ちも良く分かる。

 

 領主は、清濁併せ吞(せいだくあわせ)むことも必要なんだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る