第513話 〈緑農祭〉

 実りの秋を迎えて《王国緑農学苑》の農業祭が、賑々(にぎにぎ)しく挙行されている。


 農業祭の名称は、〈緑農祭〉というらしい。

 学苑の門に、ドカンと看板に書いてあった。

 そのままだけど、分かりやすい名称だと思う。


 大勢のお客さんが訪れるため、臨時の馬車が何往復もするようだ。

 僕は今まで、この〈緑農祭〉を知らなかったが、〈リーツア〉さんはかなり有名だと言っていた。 

 主に家庭の主婦が、お買い得の農産物を目当てに行く、大きなイベントだということだ。


 だから、今日の僕の連れは大勢になっている。

 〈リーツア〉さんと〈カリナ〉と駆け落ち妻だ。

 それに、〈リク〉と駆け落ち夫もいる。

 さらには、駆け落ち夫妻の母までいるんだ。


 〈カリナ〉と駆け落ち妻は、赤ちゃんも連れて来ている。

 もう生まれて数か月経ったから、外へ連れ出して良いらしい。

 少し前に教会へ祝福も受けに行ったから、今日で二回目の外出だ。


 赤ちゃんは、お出かけ出来て機嫌が良いのか、僕には判断がつかない。

 でも、許嫁達は機嫌が良いと言っている。


 「あばば、良かったでちゅわ。秋晴れの良い天気でちゅね」


 〈アコ〉が赤ちゃん言葉で、あやしているな。

 僕もその大きなおっぱいで、早くあやして欲しいな。


 「いない、いないばあっ。ご機嫌のようでちゅね」


 〈クルス〉も顔を隠したりして、あやしているぞ。

 早く僕の目の前で、顔を両手で隠しながら「裸を見せるのは、とても恥ずかしいのです」と言わないかな。


 〈サトミ〉は、ここにはいない。

 〈緑農祭〉の準備のために、朝早く出て行った。

 僕は寝ていたので分からないが、かなり早い時間だったらしい。

 とても気合が入っていると思う。


 そんなこんなで、大人数になってしまったから、馬車を二台チャーターして〈南国果物店〉軍団は〈緑農祭〉へ直行するのであった。


 一段低い場所にある駐車場に、馬車を止めて〈緑農祭〉の会場へ向かう。

 駐車場?。駐馬車場か。小さなことを気にするな。


 〈緑農祭〉の会場には、ドでかい農作物が展示してあった。

 とても持てそうにない巨大なカボチャ。ぶっといダイコン。

 〈カリナ〉の太ももが細く見えるぞ。


 「ご領主様、私の足と比べていませんよね」


 チラッと見ただけで、どうして分かったんだ。

 〈リク〉が、真っ青な顔をブルブルと振っている。

 コイツもチラ見したんだな。

 〈カリナ〉の生足を見ているから、つい比べてしまったのだろう。


 「〈タロ〉様、私の足を見なかったのは、褒めて差し上げますわ」


 ラッキー。

 〈カリナ〉の足を見たのに、〈アコ〉の賞賛を得られたぞ。


 〈緑農祭〉の会場では、簡単な乗馬も出来るようだ。

 子供達が、「キャー、キャー」言いながら、馬に跨(またが)っている。

 泣いている子もいるぞ。

 馬に乗ると、思っている以上に高いからな。

 横にいる親は、ニコニコと笑っているだけだ。

 馬がトラウマにならないか心配になるな。


 〈緑農祭〉の催(もよお)し物は、他にも一杯あったけど、主婦軍団の目に屈(くっ)してしまった。


 一番目の付くところに、ドーンと展開されている大規模な即売場がある。

 他の催し物のことは、全く目に入らないのだろう。

 主婦軍団は、そこばかり血走った目で睨んでいるんだ。


 とても怖かったので、お買い得品を買いましょうと、直ぐにひよってしまった。

 もちろん、〈サトミ〉の顔を早く見たかったのもある。


 ただ、農産物即売場は、熾烈(しれつ)な戦いの場だ。

 新鮮な農産物の、壮絶な取り合いをしているぞ。

 市価の半額になっているが、やり過ぎなんだよ。

 七割程度で、止めておけば良いのにと思う。


 僕はとても、あの中へ入って行けない。

 入って行けば、おばさん達に揉みくちゃにされてしまう。

 おっぱいやお尻が、どさくさに紛(まぎ)れて触れると思うだろう。

 でもそれは、とても大きな間違いだ。


 触りたくないものは、触ったとは言わない。

 おっぱいやお尻で、行く手をブロックされただけなんだ。

 それほど熾烈な戦争なんだよ。

 そこには一ミリもエッチな要素が、入り込む余地はないんだ。


 だから、〈サトミ〉よ。

 逢いに行けなくても、僕を怒らないで欲しい。


 「〈タロ〉様、とても〈サトミ〉ちゃんの所まで、行けそうにありませんわ」


 「はぁ、皆さんのお買い得にかける情熱が、すごいことになっていますね」


 〈アコ〉と〈クルス〉も、争奪戦に恐れおののいているようだ。


 「ご領主様、何を黄昏(たそが)れているのです。さあ、〈アコ〉様も〈クルス〉様も、お買い得品が待っていますよ」


 〈リーツア〉さんは、固く買い物袋を握りしめて、持ってない方の腕をブンブン回している。

 このウォーミングアップは、何のためにしているんだろう。

 買い物をする動きじゃないぞ。

 わけは怖くて聞けない。


 「〈リーツア〉さん、あのダイコンが安いですわ」


 〈カリナ〉はダイコンを狙っているのか。

 共喰(ともぐい)いは平気なんだな。


 「〈カリナ〉さんそれより、あの鍋菜(なべな)が良いと思います。主人の好物なんですよ」


 普段はおっとりしている駆け落ち妻も、しっかりと主婦の目だ。

 〈アコ〉と〈クルス〉とは、同い年だけど。

 結婚して子供が出来ると、こうも変わるのか。

 許嫁達は変らないでいて欲しいと、夢見るような甘い考えを思ってしまう。


 〈リク〉と駆け落ち夫は赤ちゃんを抱いて、妻が尋常(じん)じゃない戦いへ赴(おも)くことに畏怖心(いふしん)を抱いていると思う。

 赤ちゃんもお母さんの無事の帰還を祈ってか、バブバブ(バックバック)と言っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る