第512話 枯れ木魔獣

 特に《青燕》は、いつも勉強ばかりで、潤(うるお)いが何もない生活を送っているんだと思う。 

 良くもまあ、そんな生活が送れるな。

 敬意すら覚えてしまう。


 四十人の平組員は、五人の枯れ木魔獣を模擬刀で叩いてくるが、全て跳ね返されてしまっている。 

 僕と〈ロラ〉の技量が圧倒しているのと、連携のとれた攻撃が出来ていないせいだ。

 数的優位を生かせていない。


 始めはおふざけだったけど、人数が多いのに防御を突破出来ないためだろう。

 笑いがなくなって、段々と真剣に模擬刀を振るい出した。


 「うっ、魔獣も倒した英雄だけのことはある。強過ぎる」


 「くっそ、相手は五人だぞ。どういうことだ」


 「何だよ。攻撃側はこんなに多いのに、どうして防御が抜けないんだ」


 四十人もいるのに、何をやっているのかね。

 これはアレだな。

 僕が偉大過ぎるのだろう。

 あはははっ。


 「ははっ、それは、連携が取れてないからだ。班を交代しながら休みなく攻撃してみろよ」


 二組の皆は素直だよ。

 僕の言うことを聞いて、三班が入れ替わり猛攻を仕掛けてきた。

 班長達と僕は、それでもしばらくは耐えていたが、徐々に防御が崩れていってしまう。

 際限のない攻撃に疲れてしまったんだ。


 「うぅぅ、〈タロ〉、僕はもう疲れ果てた。手も叩かれて痛いから、離脱するね」


 〈フラン〉は、泣きそうな顔になって、枯草の上にへたり込んでしまった。

 泣きそうな顔は絶対演技だ。

 コイツはそうやって、同情を買おうとしているに決まっている。

 可愛い顔をして、何て狡(ずる)いヤツだ。


 〈フラン〉が抜けたら、待っていたとばかりに、他の班長と副班長も脱落してしまった。

 枯れ木魔獣の手は、もう僕と〈ロラ〉しかいない。


 「そこだ。〈タロ〉と〈ロラ〉を囲んで、叩きのめしてやれ」


 〈フラン〉が、ケラケラと笑いながら、とんでもないことほざきやがった。

 コイツは何なんだ。

 天使のような顔で、悪魔じみた性格だよ。


 二組の皆は素直に、悪魔の口車に乗せられて、僕と〈ロラ〉を取り囲んで一斉に攻撃をしてきた。


 「ぎゃー、痛いぞ。本気で叩くヤツがあるか。危ないじゃないか」


 僕と〈ロラ〉は、全方向からの袋叩きに合ってしまう。

 技量の差がいくらあっても、四十人の波状攻撃には太刀打ち出来ない。


 飛び抜けて背の低いヤツは、弁慶の泣き所を叩きやがるし、背のひょろ長いヤツは、頭のてっぺんをポコンとしやがった。

 僕の頭が不毛になったら、どうしてくれるんだ。


 これも完全な虐め事案だ。先生に訴えてやるぞ。


 僕は草の上に倒れ込んで、弁慶の泣き所をさすっている。

 ここは本当に痛い場所なんだ。


 涙を堪えて見てると、枯れ木の魔獣が哀れにも倒されてしまった。

 可哀そうで泣きそうになるよ。

 枝は悉(ことごと)く落とされ、幹もへし折られている。


 四十人の無軌道な若者の、容赦(ようしゃ)ない暴力に晒(さらさ)されてしまったんだ。

 枯れ木の魔獣は、本当に害成(がいな)す存在だったのか。

 心優しい魔獣だったのかも知れないのに。

 枯れているという外見だけで、忌(い)み嫌ったんじゃないかと問おう。


 あぁ、一歩も引かない、もの言わぬ仲間だったのに。

 惜しい枯れ木を亡くしてしまったよ。


 「二組が枯れ木の魔獣を討伐しました。やぁー」


 〈おぉー〉から〈やぁー〉に変ったな。

 これは進歩なんだろうか。

 判断がつかいないな。


 少し休憩をとってから、もう一つの丘を目指して、また散歩を再開する。


 「枝を叩いた後の反撃が鋭かったな」


 「幹は強靭(きょうじん)だったよ。四十人以上の全力攻撃に耐えたんだぜ」


 そうだったかな。

 細い枯れ木だったはずだ。


 実質的に散歩の行進は、和気(わき)あいあいと進んで行く。


 まあ、これで良いはずだ。

 散歩をすることが、身体に悪い訳がないからな。

 心の健康にも、良い影響を及(およ)ぼすと思う。

 論(ろん)より証拠で、皆笑顔で歩いているぞ。


 ただ、もう一つの丘まで行く途中に、かなりの難所が存在していた。

 ほんの十メートル程だけど、背の高い枯草の間に細い道があるだけだ。

 崖やくぼ地が所々にあって、おまけのように、そこへ雨水が溜まっている。


 散歩のはずなのに、軍隊の行軍みたいになっているぞ。

 さっきまでの笑い声もなくなり、皆の出す音は「はぁ」「はぁ」と言う荒い息に変っている。

 こんな少しの距離で、運動不足も甚(はなはな)だしいな。


 難所を超えると、目の前に丘が広がっている。

 後は平たんで、歩きやすい道に変っていた。


 「あっ、これは酷いな」


 一目見た感想がこれだ。


 もう一つの拠点の丘は、なだらかに盛り上がっているだけなんだ。

 全方位から登ってこられる。

 全方位から攻撃されるってことだ。


 守りようがないじゃないか。

 くじ引きか、じゃんけんか、知らないけど。

 拠点である丘を選択した時点で、勝敗が決まってしまうぞ。


 先生はこれが分かって、指導する気を失くしたのか。


 まあなんて言うか、茶番だと思うな。

 条件が違い過ぎる。


 「これは組長の運に、勝敗が全てかかっていますよ。気合を入れて、くじを引いてください」


 班長と副班長達が、存分にプレッシャーをかけてきやがる。


 えぇー、くじを引くのが僕と決まっているのか。

 そんなことを言うなよ。

 全ての責任を押し付けるなんて、好きで組長になったんじゃないぞ。


 これも完全な虐め事案だ。

 王子に介入(かいにゅう)して貰って、大問題にしてやるぞ。

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