第511話 キメラ魔法発動

 「武体術」の授業で、軍の演習場へ連れてこられた。

 まだ本番前の下見らしい。


 演習場は、土と雑草が生(お)い茂る、広大な原っぱだ。

 土は赤土で、ぬかるんでいる場所では、注意しないと足が滑ってしまう。

 もう靴がドロドロだ。


 《黒鷲》の校外学習は、どうして泥ばかりなんだろう。

 溜息しか出ない。


 雑草も凶悪だと思う。

 背丈ほどの高さの草が、原っぱの半分位を覆っているようだ。

 見通しが悪いし、歩くルートが限定されるぞ。


 それに、とても物悲しい景色だと思う。

 泥と枯草の茶色で、気分が滅入(めい)ってしまう。


 まだ秋の中盤なのに枯れているから、寂寥感(せきりょうかん)を漂(ただよ)わせてくれている。

 僕達の心は、ディープにブルーだと言いたい。


 秋の空を渡っていく鰯雲(いわしぐも)と違って、少しの自由も与えられていない。

 このぬかるみと枯草の大地で、青春を不毛に消費しているのだ。


 「《黒鷲》と《青燕》の二年生諸君、良く聞いてくれ。共同で演習をここで実地する。そのため今日は、ここで各組の連携を深めてくれ」


 先生は秋風に、ソヨソヨと頭髪をそよがせている。

 まるで枯れ果てた、草原のようだ。

 もう少ししたら、冬が訪れるのだろう。


 長年に渡って、不毛に青春を消費させた罰なんだろうか。

 ただの経年劣化(けいねんれっか)だと思う。


 「二組の人達は、ここに集まって欲しい」


 一組が招集をかけていたので、真似をしてみた。


 先生は椅子に腰かけて、自主性を重んじると言う名の、手抜きをかまそうとしているようだ。

 連携を深めるって、具体的にどうすんだよ。

 先生がもっと的確に指示をしてくれないと、ただ集まっただけになってしまうぞ。

 最近の若者は指示待ちが多いのだから、不毛な時間がただ過ぎて行ってしまいそうだ。


 「組長、班ごとに並びました」


 飼い慣らされた羊のように、整然と並んでいやがるな。


 こいつ等に何をさせよう。

 とても軍事的演習が、得意そうには見えないな。


 一組は模擬刀を使って、剣術の練習をしているぞ。

 軍事的演習だから、そう考えたのだろう。


 でも違うような気がする。

 剣術の素養がない者に、付け焼刃(やきば)なことをさせても意味がないと思う。

 だから適当に時間を潰せば良いんだ。

 また散歩でもするか。


 はなからやる気はないのだから、散歩くらいの運動が、丁度(ちょうど)相応(ふさわ)しいんじゃないかな。


 「それじゃ、二組はこの演習場の偵察を行おう。キョロキョロして、地形を頭に入れるようにしてくれ」


 それらしいことを言っておこう。

 散歩をすると堂々と言っては、先生も皆も困るだろう。

 表現を工夫することで、リスクを未然に防ぐことが出来るんだよ。


 それにしても、〈先頭ガタイ〉が大人し過ぎるな。

 黙々と、ただ模擬刀を振ってやがる。

 もっとウザくないと、こっちの調子まで狂ってしまいそうだ。


 「いっち、に」「いっち、に」と二組は、掛け声を出して、原っぱを行進して行く。


 掛け声は、〈フラン〉が面白がって始めたようだ。

 コイツは遠足か、幼稚園の行事と勘違いをしているんだろう。

 「いっち、に」と言う掛け声が、おどけた笑い声になっているぞ。

 本当に困ったヤツだ。

 もっと真剣に散歩をしろよ。


 しばらく進むと、一つ目の丘が見えてきた。


 赤土で出来た丘だ。

 周りが削られて、高さが三メートルはある円柱状の形をしている。

 一方向だけ進入出来る場所があるけど、ここを守れば鉄壁な拠点だと言えるな。


 うーん、見るからに邪魔くさいぞ。

 これを落とすのは大変だ。

 三メートルの崖を登るのは、かなりキツイな。

 何か足場がないと無理だろう。


 何もなしでは、フリークライミングの選手でもなければ、登り切れないと思う。

 二組の班長や副班長達が、ヘラヘラと笑いながら、丘の上でポーズを決めているのが見える。


 「二組がこの丘を占領しました。おぉー」


 勝名乗(かちなの)りが、何の迫力も勢いもなくて詰まらな過ぎるぞ。

 お前らは、真面目な優等生なのか。

 うーん、そうだったな。


 拠点を制圧した時の予行練習らしい。

 散歩なのに、やっぱり遠足気分だよ。

 ポジティブ過ぎるし、少しの緊張感も、やる気も感じられないな。


 はぁ、暗い顔をしているより良いと思っておこう。


 丘の裏に丁度良い枯れ木があったので、これを敵に見立てることにした。

 散歩だけでは芸がない。

 もう飽(あ)きてしまったんだ。


 「前方に、枯れ木の魔獣を発見した。総員、直ちに魔獣を撃破しろ」


 皆も退屈していたんだろう。

 模擬刀を振り回して、盛り上がっているようだ。


 「おぉ、何て凶悪な魔獣だ。枝を高速で飛ばしてくるから、気をつけろよ」


 いや、枯れ木だし。

 枝は飛ばせないぞ。

 うーん、これだけじゃあまり芸がないか。


 おぉ、すごいアイデアが降臨したぞ。

 枯れ木と人間が合体して、魔獣になれば良いんだ。


 班長と副班長へ、枯れ木の枝の間に入って、模擬刀を構えるように指示を出した。


 「キメラ魔法発動。魔獣合体、枯れ木に手を咲かせましょう」


 班長達と僕は、枯れ木の枝に守られながら、他の二組の連中と対決することになった。

 五人対四十人の泥仕合の開幕だ。


 「ぎゃはは、枯れ木魔獣、手咲(てさ)かせだ。ダサいー」


 「このしょぼい魔獣は、中々強いぞ。笑わせる魔法を放ってくるぞ」


 大うけだな。

 これほど、笑いに飢えているとは思わなかった。

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