第505話 驚愕のあまり、外れている

 それにしても、〈サシィトルハ〉王子と、同じようなことを言っている。

 畑は違っても、兄弟は似てくるんだな。


 王子の相手が終わりホッとしたら、また他が気になってくるな。

 上手くやっているよな。頼むよ。


 〈リク〉は、僕の練習が終わったのを、また聞いてたらしい。

 合わせたように、ちょこんと〈甲〉を叩いて一本勝ちを決めた。

 〈サシィトルハ〉王子から、「〈リィクラ〉卿はやっぱり強いな」と声をかけられている。


 ペコペコと頭を下げている様子が、気の弱い熊さんのようで笑えるな。

 僕をチラッと見たのは、「こんな弱い相手に強いと言われても」と言っているようだ。

 かなり傲慢(ごうまん)な、熊さんだと思う。

 ただし、あくまでも想像だと断っておこう。


 〈サヤ〉と〈ただ一人の強者〉は、まだ終わりそうにないぞ。


 もう止めろよ。

 鋭い切り下ろしなんだから、合わすのを少し遅くしたら、勝敗が直ぐにつくだろう。

 胃が痛いから、もう帰りたいんだよ。


 「《ラング》伯爵、あの女性は、貴殿の婚約者なのか」


 〈タィマンルハ〉王子が、とんでもないことを聞いてきたぞ。

 バカなことをほざくなよ。


 「はぁー、違いますよ。婚約者はアレの妹です。アレと違って、素直で可愛いんです」


 何だコイツは、〈サトミ〉に知られたら、傷ついてしまうじゃないか。

 それに〈サヤ〉は、あり得ない。

 あんなのと結婚すれば、鍛錬と練習が新婚生活になってしまうぞ。

 地獄の毎日にしかならない。


 「ははっ、そう怒るなよ。婚約者が、可愛いのは良く分かった」


 「もう、間違わないでくださいよ」


 「ふっふっ、《ラング》伯爵は、婚約者を愛しているんだな。でも、戦っている〈藍色の女豹〉を見てみろよ。しなやかで凛(りん)としていて、気高い美しさがあると思うな」


 そうかな。相手の強さが丁度良いんだろう。

 あれは少し笑っているな。

 どうして、剣の練習が楽しいのか、まるで理解出来ない。


 良く見ると、相手の〈ただ一人の強者〉も笑っているぞ。


 ゾゾゾッと、寒気がする。変態だ。

 近衛隊にも、鍛錬中毒者がいたのか。

 こんな時に笑い合っているなんて、とても気持ちが悪い二人だ。


 長い時間戦っていたので、床が汗で濡れていたのだろう。

 〈サヤ〉が「きゃっ」と言いながら、足を滑らせてしまった。

 そこへ丁度切り下ろした、〈ただ一人の強者〉の〈面〉が決まったようだ。


 〈ただ一人の強者〉は、謝りながら〈サヤ〉の手を握って起こしている。

 〈ただ一人の強者〉は、〈サヤ〉の手を握って、真っ赤になっているように見えるな。

 〈サヤ〉も、女の子みたいに「きゃっ」なんて言うなよ。


 改めて言おう。

 剣の練習なのに、二人とも、すごく気持ちが悪い。


 「《ラング》伯爵、知っているか。あの若武者は、近衛隊長の次男なんだ。剣の腕は、若手の中で王国随一と言われている。王国の親子鷹と、異名を持っているんだよ」


 〈サシィトルハ〉王子が、〈ただ一人の強者〉の解説をしてくれる。

 そんなこと、僕が知っているはずがない。

 〈リク〉に、言って欲しいな。


 「そうなのですか。それはすごいですね」


 「ふふっ、私が楽しみなのは、若鷹が春を迎えそうだということだ。他人のことは、どうしてこんなに面白いんだろうな」


 はぁ、「春を迎える」。もう季節は秋だよ。

 まあ、昔から、他人の不幸は密の味って言うからな。

 誰かが不幸になれば、それはそれは面白いんだろう。


 「他人は、直接自分と関係ないですからね。気楽なものです」


 「ははっ、《ラング》伯爵の言う通りだ。気楽に過ごしたいものだ」


 〈サシィトルハ〉王子が、乾いた笑い声を立てている。

 継承争いで、張り詰めた空気の中にいるのだろう。

 支援者のこともあるから、それは気楽じゃないと思う。

 ご愁傷様と言うしかない。


 ただ、今日分かったことは、〈サシィトルハ〉王子と〈タィマンルハ〉王子は、それほど仲が悪くはないってことだ。

 幼い頃は、一緒に遊んだこともあるんじゃないかな。

 偶然手が触れても、あまり気にしていなかった。


 ただ継承争いのために、周りが仲良くすることを、良く思わないんだろう。

 継承争いの当事者が仲良しだったら、支持者は白けてしまうと思う。

 バリバリと派手に火花を飛ばさないと、お祭りが盛り上がらない。


 僕と〈リク〉は、「ふぅー」と大きなため息を吐いて王宮を後にする。


 「ご領主様、気疲れしましたね」


 〈リク〉が、やれやれと言う感じで話してきた。

 〈リク〉が自分から話すのは、よっぽど疲れたせいだろう。


 「本当だな。王子に、怪我をさせるわけにはいかないからな。それも二人いたしな」


 「へっ、私は楽しかったよ。特に近衛隊長の息子さんは、噂どおりの強者だったんだ」


 うーん、〈アコ〉と〈クルス〉の依頼としては成功なんだろう。

 〈サヤ〉はストレスの発散が出来たようで、嬉しそうに話している。


 でも、違和感が半端ないな。

 〈サヤ〉の感覚が理解不能だ。

 どうして、王子もいる王宮での練習が楽しいんだろう。


 「へっ、そうか。誘って良かったよ」


 「うん、〈タロ〉様、ありがとう。また、王宮の練武場に行こうね」


 「あぁ、どう言うことだ」


 僕の顎(あご)を見てくれ。

 驚愕のあまり、外れているだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る