第504話 ただ一人の強者

 しめしめ、王子の機嫌は良いようだ。

 それにしても、秘太刀〈黒鷺〉は誰でも知っているのか。

 秘太刀の、「秘」はどうなっているんだ。


 きっと意操流が金儲けのため、有力な貴族に免許か何かを販売しているんだろう。

 武術の世界も、お金と権力が優先するんだな。

 悲しい現実だよ。

 ただし、あくまでも想像だと断っておこう。


 王子との練習が終わりホッとしたら、他が気になってくるな。

 上手くやっていると良いな。


 〈リク〉は、僕の練習が終わったのを、聞いてたらしい。

 合わせたように、ちょこんと〈甲〉を叩いて、一本勝ちを決めていた。

 僕をチラッと見たのは、「次はあんたが負けることによって、バランスを取れよ」と言っているようだ。


 かなり狡(ずる)いと思う。

 確かに、〈リク〉が負けるのは、かなり不自然だ。

 体格的にも、実力的にも手を抜いたのがバレバレになる。

 だからといって、僕に難しい演技を強制するなよ。


 でも〈リク〉は、まだましだ。

 〈タィマンルハ〉王子と、それなりに打ち合っていた。


 〈サヤ〉の方は、酷い。

 何の忖度(そんたく)もないぞ。

 一方的に、若手の有望株を追い回して、最後は〈甲〉と〈面〉と〈胴〉を連続で決めてやがる。


 止めてよ。

 それはどう見ても、オーバーキルじゃないか。

 若手の有望株が、泣いてしまうぞ。

 単なる、いじめっ子だよ。


 おまけに、ストレスが発散出来たのだろう、スッキリとした笑顔に、なってやがる。

 男ばかりのむさ苦しい練武場に、清楚(せいそ)な花が一輪だけ咲いた感じだ。

 〈サヤ〉のとこだけ、光っているような幻視が見えるぞ。

 コイツは、顔の造りだけは良いからな。


 それに僕へ、笑顔を向けて来ないで欲しい。

 今は、あんたとは、出来るだけ関わりを持ちたくないんだ。

 いじめっ子の仲間だとは、思われたくない。


 「おぉ、〈藍色の女豹〉は、聞きしに勝る強さだな。近衛隊が、形無(かたな)しじゃないか」


 〈サシィトルハ〉王子も、そんなこと言わないでよ。

 〈タィマンルハ〉王子も、唖然(あぜん)とした顔になっているぞ。


 僕の胃が、シクシクから、キシキシという痛みへ変っていくよ。


 僕が胃をさすっているうちに、次の練習が始まろうとしている。

 今度の僕の相手は、〈タィマンルハ〉王子だ。

 〈リク〉は、〈サシィトルハ〉王子で、相手を交換することになる。


 〈サヤ〉の相手は、今度も近衛隊の若手らしい。

 さっきボコボコにされたから、近衛隊のエースが登場するんだろう。

 〈サヤ〉が睨みつけていた隊員だから、この人が「ただ一人の強者」だと思う。

 キリリとしたイケメンだ。


 感情的にはボコボコにされてしまえと思うけど、理性では〈サヤ〉を打ち負かせて欲しいと思う。

 相反する気持ちが、僕の中で渦巻いている。

 オセロの気分だ。


 「始め」の合図で木剣を振るうが、どうしても、〈サヤ〉が気になってしまう。

 王宮を敵に回すようなまねは、しないで欲しい。


 はぁー、僕の胃がキシキシから、キリキリへ変っていく気がする。


 僕は〈タィマンルハ〉王子に合わせて、リズミカルに木剣を合わせている。

 リズミカルっていうのが肝で、ストレスを抱かせないってことだ。

 僕の接待剣術の、神髄(しんずい)である。

 一見極めていそうで、すごいだろう。


 〈リク〉の方も、力を抜くことに慣れたのか、無難に〈サシィトルハ〉王子の相手をしている。

 やはり武術の技量は、大したものだ。

 人に合わせることが、出来ている。


 問題の〈サヤ〉は、と言うと。

 「ただ一人の強者」と、互角(ごかく)の打ち合いをしている感じだ。

 攻防が目まぐるしく変化して、一瞬も気を抜けない熱戦を繰り広げている。

 前の練習では「カン、カン」だけど、今度は「カッ、カッ」という音が鳴り響いている。

 それだけ両者の反応速度が、すごいってことだ。


 両者とも、素軽(すがる)さで相手を翻弄して、何も出来ないうちに圧倒するタイプと見た。

 同じタイプ同士だから、ペアで踊りを舞っているように見える。

 筋書(すじが)きが、一切ない剣舞だ。


 「《ラング》伯爵は、余裕だな。麗しい女性の方が、それは良いと思うが、俺の相手も真面目にしてくれよ」


 げぇー、〈サヤ〉の方を見過ぎていた。

 〈タィマンルハ〉王子を、怒らせてしまったぞ。

 これは、すごくマズい状況だ。


 「ほへぇ、そんなことは、ありません。今から、とっておきを披露しますよ」


 「ほぅ、とっておきがあるのか。それを、見せてみろよ」


 僕は無駄に勢いをつけて、大げさに動き回った。

 そして、左右の上段から切り下ろしを、そこそこの速さで放し続ける。

 王子が、受けられる速さに抑えたってことだ。


 その後も、動き回りながらも、慎重に「秘太刀〈黒鷺〉」を放つ準備を行った。

 当然、体勢を崩した演技をして、浅く〈甲〉を叩くことは忘れない。

 僕の接待剣術も、底が浅いな。

 ワンパターンだと笑ってくれ。


 「それまで。〈タィマンルハ〉王子の、一本勝ちです」


 近衛隊のおっさんの、嬉しそうな声が響いた。

 満面の笑みを浮かべている。

 僕に向かって、ピースサインをしそうだよ。


 「まさか。今のは。秘太刀〈黒鷺〉だな。奥義(おうぎ)を、良く体得出来たな」


 「その奥義を、王子に破られました。まだまだ、精進不足(しょうじんぶそく)です」


 しめしめ、王子の機嫌はとても良くなったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る