第500話 感動の再会

 「そうですか。ただ、お子さんは、優秀だから雇っただけですよ。それと、お二人は、どうされたいのですか」


 「娘に、合わせて頂きたいのです」


 「私も、息子に合わせて欲しいです」


 「分かりました。本人達に、確認をとります」


 〈リーツア〉さんが奥に行って、二人の意向を聞いてくれるようだ。

 しばらくかかると思っていたが、直ぐに、駆け落ち夫婦がやってきた。

 今までの話を、店の奥で、聞いていたんだろう。


 駆け落ち夫は、母親に抱きしめられているし、駆け落ち妻の方も、同じように抱きしめられている。

 三人の女性は、涙を流しているけど、駆け落ち夫は照れているようだ。

 その気持ちは、同じ男だから、分かるような気がする。

 二十歳前にもなって、母親に抱きしめられて、泣くなんて出来ないよな。


 まあ、これはいわゆる、感動の再会ってヤツなんだろうか。

 親が勘当した結果だから、違うような気もするな。


 いづれにしても、店の前でやられたら、商売の邪魔だから、奥へ行って貰った。

 通行人が、またジロジロと見ていたんだ。

 たぶん、尾鰭(おひれ)がついて、面白おかしい噂が流れるぞ。

 僕が、三人の女性を泣かしたことにするなよ。


 許嫁達と〈カリナ〉も、店の方へ来て、親子二組だけにしたようだ。

 後は、親子で話し合ったら良いと思う。

 赤ちゃんも、生まれたのだから、悪い事にはならないだろう。


 「ふふふ、お母さんは二人とも、赤ちゃんの方ばかり、見ていましたわ」


 「うふふ、そうでしたね。赤ちゃんを、どうしても抱きたかったのでしょう」


 「へへっ、〈サトミ〉も早く、お父さんに、抱かせてあげたいな」


 〈サトミ〉は、いつもストレートだな。

 その前の行為は、僕も早くしたいよ。

 今晩でも良いぞ。抱いてあげるよ。


 「ふっふっ、孫は可愛いものですからね。生まれたと聞いて、居ても立っても居られなかったのでしょう」


 おばあさんになった、〈リーツア〉さんが言うと、説得力があるな。


 ただ、双方(そうほう)の父親は、どう思っているのだろう。

 そこは、気になるところだな。


 少し経つと、奥から駆け落ち夫婦と、その母親が出てきた。

 母親は二人とも、満面の笑みを浮かべている。

 赤ちゃんを、抱っこ出来たからだろう。


 話し合いの結果、父親も交えて、今後のことを考えるようだ。

 まあ、若い二人だから、心配なんだろう。

 ただ、そう思うなら、もっと早く何とかしろよと、文句の一つでも言いたくなるな。


 「お父さんの方は、怒ってはいないのですか」


 「おほほっ、怒っていたのは、最初だけです。後は、心配で堪らない感じになっていました。わたくしが調べてきた話を、食い入るように聞くのですよ」


 「私の方は、息子ですので、まだ良いのですが。心配はしておりました。ただ、〈ルメータ〉さんと親御さんに、申し訳なくて、何も出来なかったのです」


 大きな原因は、〈ルメータ〉の父親だったんだな。

 将来有望な娘を、孕(はら)まされて、許せなかったってとこか。

 期待をかけていた娘への、反動も強かったのかも知れないな。

 ぱっと見は、妊娠するような感じの娘でもないしな。

 男親と娘という、こともあるんだろう。


 まあ、仲直りが出来そうなら、良いとしよう。

 しょせん、他人事だ。


 「店のこととか、僕のことは気にせず。二人の幸せを、第一に考えてあげてください。二人の住んでいる家は、小さな家ですが。家族の方なら、自由に過ごされて構いませんよ」


 ふっ、僕もそれらしいことが、言えるようになってきたな。

 何となく、大物って雰囲気が、出てきただろう。


 「《ラング伯爵》様、重ね重ね、ありがとうございます。お言葉に甘えて、娘の住まいを拝見(はいけん)させて頂きますわ」


 「英雄だと、お聞きしておりましたが、本当に素晴らしい心をお持ちなのですね。《ラング伯爵》様に、拾われた息子は真(まこと)の果報者(かほうもの)です。息子の住居には、またお邪魔させて頂きますわ」


 今日のところは、娘の母親が、元隠居で話をするのか。

 孕まされた方を、優先したんだな。

 まあ、それが順当なんだろう。


 それにしても、〈住まいを拝見する〉ってことは、拝見する目的があるってことだよな。

 見て気に入らなかったら、どうするつもりなのかな。


 〈カリナ〉に、新しい従業員を、雇用する準備を指示しておこう。




 休養日に〈アコ〉と〈クルス〉に、〈サヤ〉をどうにかして欲しいと、救援要請を出された。

 どうも〈サヤ〉の機嫌が、ずっと悪いらしい。


 「〈タロ〉様、お願いしますわ。〈健体術〉の授業が、限界なんです」


 〈アコ〉が、切実(せつじつ)に訴えてくる。


 「えっ、〈サヤ〉が、体罰でもするのか」


 〈サヤ〉なら、悪気もなく、息を吸うようにやってしまいそうだ。


 「そのようなことは、されるはずがありません。でも、明らかに不機嫌な顔が、とても怖いのです。オオカミに睨まれたウサギのように、身体の震えが止まらないのです」


 〈クルス〉も、かなり真剣な様子だ。

 〈アコ〉と〈クルス〉は、自分の身体を抱いて、震えを押さえているぞ。

 

 僕は震えている二人を、同時に抱きしめたあげた。

 自分で抱きしめるよりは、僕の方がましだろう。  

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