第499話 元不審者

 「へっ、そうなんだ」


 「そうみたいですわ。もう一人は、きっと、旦那さんのお母さんだと、言っていましたわ」


 「へっ、不審者騒動は、これで解決か」


 「へへっ、〈サトミ〉達が、解決したんだね」


 〈サトミ〉は、真直ぐで良い娘だな。

 でもな。

 僕達が解決したとまでは、言えないと思う。

 何にも、頭を使っていない。

 でもね。

 〈サトミ〉には、言わないでおこう。


 「そうだな。僕らの捜査力の勝利と言えよう」


 「あはぁ、勝ったんだね」


 何にも勝っては、いないけどな。

 むしろ、僕の灰色の脳細胞は、ありきたりのことに、負けたと言えるだろう。

 でも、これも〈サトミ〉には、言わないでおこう。


 「〈カリナ〉と〈リク〉は、何か言うことがあるだろう」


 「あははっ、ご領主様、ごめんなさい。焦(あせ)ってしまったのです」


 「はっ、ご領主様、お詫び申し上げます。赤子がいるので、つい敏感になってしまいました。これからは、慎重に事を運びます」


 この夫婦は、かなりあわてんぼうなのか。

 良いように考えたら、僕達のことを心配してくれているんだろう。


 「そんなに、怒ってはいないよ。安全を優先するのは、悪い事じゃない」


 「そうですよ。〈カリナ〉さんと、〈リク〉さんは、これに懲(こ)りずに、私達への忠告をお願いしますね」


 〈クルス〉が、無難(ぶなん)に締めたところで、元不審者をどうするかだ。

 駆け落ち妻に、聞いてみるしかないな。


 「お母さんは、様子を見に来ているのだろうな」


 「それしか、考えられません。私達は駆け落ちをしましたが、子供も生まれたので、心配なのだと思います」


 「それで、どうする」


 「どうしましょう」


 きぃー、質問を質問で返すな。


 はぁー、コイツは、お嬢様だったな。

 子供も産んだのに。未(いま)だに、おっとりとした話し方で、世間知らずなところが直っていないな。

 頭は良いのに、チグハグな感じがする。


 僕に、隙(すき)を見せてどうするんだ。

 考える時に、唇をキュッとすぼめる癖(くせ)や、唇を舌で湿(しめ)らせる、癖は止めろよ。

 何か誘っているような、唇の動きを見せるんじゃない。


 直ぐ横に、許嫁が三人もいるんだぞ。

 おまけに、自分は赤ちゃんを、背負っているじゃないか。


 許嫁達と、相手を代わって貰おう。

 このままでは、僕の身体と精神に、悪い影響を与えかねない。


 駆け落ち妻と、許嫁達と〈カリナ〉が、話し合っている間、僕は〈南国果物店〉の店番だ。


 店が〈リーツア〉さん一人に、なってしまうから、〈リク〉とヘルプに入ったんだ。

 僕は、領主で伯爵様で海方面旅団長なのに、売り子もするんだな。

 これじゃ、単なる何でも屋じゃないか。


 ただ、僕と〈リク〉が店にいるからか、お客さんは、一人も入ってこない。

 たぶん、〈リク〉の鬼のような顔が、怖いんだろう。

 僕は、何も悪くないぞ。


 こんな風に暇だったら、〈リーツア〉さんのエロ小話が、いつもなら炸裂(さくれる)するんだけど。

 さすがに〈リク〉の前では、披露出来ないようだ。

 しょうがないからだろう、口の中で、モゴモゴと言っているぞ。

 〈ガリ〉は、いつものように、空き地の硬い地面を掘っていやがる。

 一体全体、何が面白いんだと、つくづく思う。

 何となく、カオスだな。


 話し合いが進まないので、駆け落ち夫の方にも、帰ってきて貰った。

 駆け落ち妻だけでは、決められないらしい。

 まあ、あの感じじゃ、そうなるよな。


 駆け落ち夫は、「ご迷惑をおかけして、すみません」と、しきりに謝っていた。

 まあ、それが普通だよな。


 話し合いの方は、和(なご)やかに、再開されたみたいだ。

 時おり、大きな笑い声も、聞こえてくるぞ。

 何を話しているのだろう。


 かなり、脱線しているんじゃないのか。

 線路を大きく外れて、新婚生活の話でも、している気がする。

 そっち方面に行ったきりで、戻ってくるか心配だな。


 店の中で、半分眠っていたら、のこのこと不審者が現れおった。

 身元が、もう割れているから、元か。


 本当に、えり巻をグルグルに巻いて、店の中を覗いているじゃないか。

 示し合わせているのだろう。二人が同じ行動をとっている。

 この暑い中、異常な行動だと思う。

 道行く人も、ジロジロと見ている。


 これは、大きな営業妨害に、なっているぞ。


 〈リク〉と僕とで、元不審者を挟み撃ちで、拘束(こうそく)した。

 逃げ場を失い、オロオロとしていたが、もう諦めたみたいだ。


 えり巻をとって、「ふぅー」と息を吐いている。

 どう考えても、暑かったのだろう。

 えり巻をとれて、一息ついているぞ。

 そうなら、初めからするなよ、と思ってしまう。


 僕と〈リク〉と〈リーツア〉さんが、じっと見ていると、元不審者の二人は、おずおずと話し出した。


 「すみません。《ラング伯爵》様を始め、お店の方に、ご迷惑をおかけしてしまいました」


 「こんな格好で、ウロウロとして、申し訳ありませんでした。もう、こんなことは止めます」


 「お聞きしますけど、あなた方は、どちら様なのですか」


 「申し遅れましたが、わたくしは、〈ルメータ〉の母親で御座います。《ラング伯爵》様には、娘を助けて頂き、大変感謝しております」


 「私は、〈レィイロ〉の母親で御座います。《ラング伯爵》様には、愚息(ぐそく)を拾って頂き、心よりお礼申し上げます」

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