第498話 ラング探偵事務所
その後、《白鶴》と《赤鳩》を回って、〈アコ〉と〈クルス〉に注意をしておいた。
連絡が遅れたことで、何かあったら、後悔することになるからな。
〈アコ〉と〈クルス〉は、「怖いです。〈タロ〉様、守って下さいね」と、僕の手を取ってお願いしてきた。
僕は、「何があっても、僕が守るよ。でも、十分気をつけろよ」と、調子の良いことを答えておく。
〈アコ〉と〈クルス〉も、こういう回答を望んでいるはずだ。
こんな時には、「常時一緒には、いられないから、自分の身は自分で守るんだ」なんて言ってはいけないと思う。
女性は、理屈(りくつ)じゃないんだよ。
フフッ、許嫁で恋人が三人もいると、分かってくるんだ。
エッヘン、すごいだろう。
手を握り合っている僕達を見て、門番が、吃驚したような顔をしていたぞ。
僕の女の扱(あつか)い方の上手さに、衝撃を受けたのに違いない。
童貞だけどな。
休養日に〈南国果物店〉へ、僕達は急行した。
急いでいたのは、不審者問題を解決するためだ。
僕と許嫁達は、探偵よろしく、捜査を始めたのであった。
まずは、聞き込みから始めよう。
〈南国果物店〉に、常時いる〈リーツア〉さんが、最初のターゲットだ。
他の従業員は、許嫁達が同時に、聞き込みを開始している。
《ラング探偵事務所》は、時間を寸秒(すんびょう)も、無駄にいたしません。
低料金で懇切丁寧(こんせつていねい)を、モットーにしております。
ただし、浮気調査は一身上の都合で、お受けしておりませんので、ご留意願います。
「店の前を、いかにも怪しい様子の者が、行き来しているのです。それも、二人います」
「その、〈いかにも怪しい様子〉と言うのを、詳しく証言して頂けますか」
「そう、あれは、数日前のことでした。店の前を掃除していた時のことです。えり巻で、顔をグルグルと隠した人が、私の前を行き過ぎたのです。それも、二人同時にですよ。思わず、悲鳴をあげそうになりました。怖かったのです」
「〈リーツア〉さん、確認をしてもよろしいでしょうか。悲鳴をあげそうになるほど、その二名の人物に、衝撃を受けたのですね」
「そうなのです。この暑い中、えり巻を巻く人は、普通ではありえません。おまけに、グルグルなのですよ。恐怖でしか、なかったのです」
「それは、大変な目に遭われましたね。他に気づいたことは、ありませんか」
「そうですね。着ていた服は、二人とも高価なものでした。あれは、高級店で誂(あつら)えた物だと思います」
重要な証言が、得られたぞ。
不審者は、暑いのにも関わらず、えり巻を着用している。
それも、二人ともだ。
また、着ている服は、高級品であったと言うことだ。
恐怖を覚えているのに、服の品質はちゃんと見ているのか、それも怖い話だと言えるな。
これらの証言から、導(みちび)かれる解答は、高級なえり巻を販売している店の、回し者だろう。
ただ、その回し者が、〈南国果物店〉の様子を窺(うかが)う理由とはなんであるか。
ヘビィな命題と、言わざるを得ない。
果物と、えり巻は競合すると、事象が示している。
生半可(なまはんか)な頭脳では、解決の糸口(いとぐち)にさえ、辿(たど)り着けはしないだろう。
迷宮入りと、なってしまうのか。
僕の灰色の脳細胞を、フル回転しなくてはならない、事案であると結論づけよう。
「〈タロ〉様、聞き込みが終了しましたわ。有力な証言が得られたので、事件は解決に向かっています」
〈アコ〉の話で、僕は言葉を失った。
えぇー、解決しちゃうの。
僕の灰色の脳細胞は、空回りじゃん。
カラカラ、空っぽと鳴っているよ。
「そうなの。不審者は、やっぱり、高級えり巻店の回し者なのか」
「はぁー、そんな、バカな話はないよ」
〈サトミ〉が、呆れたように、素直な気持ちを洩(も)らしている。
少し疲れてもいるようだ。
「〈タロ〉様、高級えり巻店の人が、どうして〈南国果物店〉の様子を、見に来るのです」
「それは、商売敵(しょうばいがたき)なのでは」
「えぇー、冗談ですよね。それとも、熱があるのですか」
〈クルス〉は、吃驚した顔になって、僕の額(ひたい)に手を当ててくれた。
〈クルス〉のヒンヤリとした手が、とっても気持ち良い。
フル回転した、僕の灰色の脳細胞を、クールに下げてくれるようだ。
「良かった。熱は、ないようです」
〈クルス〉は、安心したのだろう、「ほっと」した顔になってくれた。
〈リーツア〉さんも、少し離れたところで、ニヤニヤと笑っている。
僕のことを、心配してくれていたんだろう。
だけど、少し大袈裟過ぎるんじゃないかな。
「それで、解決に向かっているって、どう言うことなんだ」
「〈ルメ〉に聞いたら、「たぶん、母です」って言っていました」
えぇー、〈母〉なの。
何て、ありきたりのことなんだ。
そこには、謎もへったくれも、ないぞ。
浪漫(ろまん)の欠片(かけら)も、ありやしない。
もっと、おどろおどろしい、奇々怪々な、物語が存在しろよ。
高級えり巻店の回し者の方が、遥(はる)かにましだと思う。
かなり弄(いじ)ったら、奇妙奇天烈(きみょうきてれつ)な笑い話には、なった気がするぞ。
《ラング探偵事務所》の出番が、まるでないじゃないか。
今直ぐ解散だな。
それに、〈ルメ〉って誰だっけ。
おぉ、駆け落ち妻のことか。
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