第496話 白紙

 「えぇー、〈クルス〉様。そうなんですか。でも、とても不安なのですよ」


 〈ソラィウ〉のヤツ。

 結婚が迫ってきたから、十も年上の女性で良いのかと、思い始めたんだろう。


 まあ、分かる気もするな。

 僕なら、絶対しないと思う。十も離れているのは、正直厳しい。

 考え方や、身体の衰(おとろ)え方も、かなり違うからな。

 でも、そんなことは、最初から分かっていただろう。


 「不安なのは分かりますが、まさか、結婚をなかったことにしないですよね」


 「えーっと、このまま結婚しても良いか、悩んでいます」


 「〈ベート〉さんと、キス以上のことを、されましたよね。それに対する責任は、どう思っているのですか」


 〈クルス〉が、かなり怒っているぞ。


 見方を変えると、知り合いを、やり捨てしようとしているんだ。

 それは、怒ってもしようがないと思う。


 ただ、キス以上ってことは、〈ソラィウ〉は、もう童貞じゃないってことか。

 〈ソラィウ〉の方が年上だけど、何だか負けた気がしてしまうな。


 他人の童貞喪失の機会を奪って、童貞を卒業させてくれた女を捨てるのか。

 コイツは、結構、鬼畜なんじゃないか。


 「えぇー、責任ですか」


 「はい。責任です。〈ベート〉さんの人生に、対する責任です」


 人生の責任か。

 向こうが迫ってきたと言っても、男女の仲では、やったことに変わりがない。

 卵が先か、鶏が先か、と言う問題に近いだろう。


 結婚適齢期を過ぎた女性に、手を出したんだ。ただで済むはずがない。

 〈クルス〉は、それを承知でやったんだろうと、強調しているんだな。


 「〈ソラィウ〉、結婚を前にして不安になるのは、おかしいことじゃないと思う。ただ、他人に相談するより、〈ベート〉と話し合うことが重要だと思うな」


 「〈タロ〉様の、おっしゃる通りです。〈ベート〉さんと、良く話してください。でも内容は、結婚した後のことですよ」


 「はぁー、結婚した後ですか」


 「えぇ、当たり前です」


 〈クルス〉が、〈ソラィウ〉を見据(みす)えて断定しているぞ。

 かなり他人のことに、突っ込んだ内容だと思う。


 他人の色恋沙汰(いろこいざた)を、構(かま)うのは、止めた方が良い。

 男女の仲は、相性も含めて、外からでは分からない。

 これは、大昔から言われていることだ。

 最終的に、他人は責任をとれない。当人達にしか、決められないことだと思う。


 だけどそれを、言い出せる感じじゃないぞ。

 要は、〈クルス〉が怖いんだ。

 僕に延焼(えんしょう)しないように、黙っていよう。


 「はぁー、そうですか」


 〈ソラィウ〉は、あまり納得いかない顔をして、部屋を出ていった。

 自分が求めていた答えと、違っていたんだろう。


 僕が〈ベート〉へ、〈ソラィウ〉の気持ちを伝えて、白紙に戻してくれるとでも思っていたのか。


 甘いな。

 人の童貞喪失の機会を奪ったくせに、ハチミツのように甘いと言いたい。


 僕は、何もしないぞ。

 それに、たぶん、それが正しいことだと思う。


 〈クルス〉は、〈ベート〉側に立ち過ぎているけど、いつも冷静なのにどうしたんだろう。


 「〈タロ〉様は、結婚することに、不安がないのですか」


 「うん。全くないよ。一日も早く、結婚したいな」


 あんなことや、こんなことも、遠慮なく出来るんだ。

 おっぱいや、お尻や、あそこが、自由にされるのを待っているんだ。

 早い方が良いに、決まっているだろう。


 「うふふ、一日でも早くですか。そう言われると、嬉しい気持ちになりますね」


 「そう言う、〈クルス〉はどうなんだ」


 「私は、卒舎したら、一日でも早くですね」


 「卒舎したらか。ちょっと違いがあるね。二人で今から、それを話し合って埋めようよ」


 「うふふ、何を言っているのですか、違いなどないですよ。もう、遅いですので寝ましょう。明日は、学舎がありますので」


 何なんだよ。

 学舎と〈ソラィウ〉の、バカ野郎。




 今日の「武体術」の授業には、《青燕》の学舎生が来ている。


 総勢九十人くらいで、《黒鷲》と違って、三組に分かれているらしい。

 秀才の集まりで、勉強ばかりしていたためか、筋肉質な体形じゃないな。

 細いか、小太りかで、偏(かたよ)っている気がする。


 とても、運動が得意とは思えない。

 すっごく背が低い子と、背が高くてヒョロヒョロなヤツもいるぞ。


 これで、軍事演習的なことは、辛いんじゃないかな。


 単純に、チーム分けが出来ないので、二組を半分にして、一組と三組に振り分けるようだ。

 僕達黒鷲の二組は、《青燕》の三組と二組の半分と、組むことになる。

 先生の指示は、この合同チームを三班に分けて、班長と副班長を決めろと言うものだ。


 「〈タロ〉、君が、班長と副班長を決めろよ」


 〈フラン〉が、投げやりな感じで、僕に振ってくる。

 自分は、邪魔くさいことを、したくなんだろう。


 「はぁ、どうして、僕がするんだ」


 「何を言っているんだ。〈タロ〉は、「海方面旅団長」だろう。当然じゃないか」


 〈アル〉も、呆れたように言ってくる。

 他の二組のメンバーも、「うん」「うん」と言ってるし、《青燕》の学舎生までが頷(うなず)いているぞ。


 はぁー、こんなところまで、影響するのか。

 「海方面旅団長」なんて、ならなければ良かったよ。


 しょうがない、適応に決めてしまえ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る