第494話 ラブラブな散歩

 「あそこの屋台で、何か買っても良いかい」


 通りには、王宮の勤め人をターゲットにした屋台が、十数店並んでいる。

 勤めている奥さん達や独身者は、ここで夕食を、調達したりするのだろう。


 「うふ、もちろん、良いですよ。〈タロ〉様と、買い食いするなんて、何だかワクワクしますね」


 香ばしい匂いを垂れ流している、年季が入った屋台で、たれ味の肉串を四本買ってみた。

 燻(いぶ)された肉の煙で、飴色(あめいろ)へ染まった屋台で、いかにもうまそうだ。


 〈クルス〉は、二軒横の屋台で、長細いチュロスみたいな、揚げ菓子を買っている。

 紙袋に入れて貰っているけど、少し油が滲(し)みているな。

 飲み物も買って、屋台共有のベンチで、食べることにした。


 「〈クルス〉も、肉串を食べてみろよ。良い匂いが、してたんだ」


 「はい。ありがとうございます」


 僕も、一口齧(かじ)ってみた。

 何の肉だろう。脂身が少なくて、さっぱりしているな。


 「〈タロ〉様、美味しいですね。これは、ウサギのお肉ですね」


 うっ、ウサギか。〈大泥ウサギ〉を思い出すぞ。

 あいつらは、今も、跳ねているのかな。


 「もう一本食べる」


 「いえ。一本で十分です。後は〈タロ〉様が、召し上がってください」


 小食だよな。

 まあ、チュロスがあるからな。女子は、甘いものの方が良いんだろう。


 「うん、〈クルス〉、遠慮しないで、お菓子も、食べれば良いんだよ」


 「うふふ、今は食べませんよ。帰ってから、食べたいのです」


 〈クルス〉は、ニコニコと微笑んでいる。

 この笑顔の下に、何だか企(たく)みが潜(ひそ)んでいる気がするぞ。

 この頃少し、表情が読めるようになったんだ。


 僕達は、飲み物の容器と串を返して、また歩き始めた。


 〈クルス〉の左手は、僕の右手を握って、右手にはお菓子の袋を持っている。

 僕の右手が握っているのが、〈クルス〉の細くて折れそうな手で、左手には〈クルス〉のハンドバックを抱えている。


 こんな、鞄、いつ買ったのだろう。


 「〈クルス〉は、黄色も好きだったんだ」


 「まあ、〈タロ〉様、お忘れですか。〈タロ〉様が、この色が似合うと、言ってくれたのですよ」


 「はははっ、似合っているのは、本当だよ。最近、物忘れが酷くてね。困っているんだ」


 「はぁー、完全に忘れていましたね。舞踏会で、〈タロ〉様の点数は、すごく上がりましたけど。靴下の脱がし方と、今ので、帳消(ちょうけ)しです」


 僕は点数が、付けられているのか。

 何点なんだろう。気になるな。


 「靴下の脱がし方は、やっぱり良くなかったの」


 「ふん、〈タロ〉様は。分かって、やっていましたよね。〈アコ〉ちゃんと、〈サトミ〉ちゃんが、横にいるのに。あんなエッチなことをして。私がどれだけ、声を我慢したか。ああいうのは困ります」


 「うっ、そう言うなよ。ごめんね」


 「ふぅー、二人がいる時は、ダメですからね」


 〈クルス〉は、「何度も言っているのに」と、小声でブツブツ言っている。

 少し怒らせたみたいだな。少し点数を、挽回(ばんかい)しておこう。


 「〈クルス〉、西の空を見てみろよ。宵(よい)の明星が、見えているぞ」


 「本当ですね。一際(ひときわ)輝いて、綺麗ですね」


 「そうかな。〈クルス〉の方が、綺麗だ。舞踏会で、一際輝いていたよ」


 「へっ、〈タロ〉様。そんなことを言って。もう、知りません」


 〈クルス〉は、夕焼けのように顔を真っ赤にして、僕の腕にしがみ付いてきた。


 まだ夕方なので、通りを歩いている人に、注目を浴びてしまうぞ。

 おっぱいが、腕に当たるのは嬉しいが、恥ずかしいと思ってしまう。


 「〈クルス〉、皆が見てるぞ」


 「ふぅん、〈タロ〉様が、いけないのです。不意打(ふいう)ちを食らって、私の心は、千々(ちぢ)に乱れています。しがみつかなければ、フワフワと浮き上がってしまうのです」


 〈クルス〉が、浮き上がったら、下から覗きたいな。

 きっと濃い青が、快晴の空のように見えるぞ。


 フワフワと浮き上がるは、比喩(ひゆ)だろう。

 ただ、現実の〈クルス〉の足取りも、軽くなったような気がする。

 僕にしがみ付いて、歩き難いはずなのに、弾むような足取(あしど)りだ。


 これは、高得点をゲットしたんじゃないかな。

 フワフワで、合計四十点はあると思う。


 ニヤニヤと笑う僕と、フワフワと歩く〈クルス〉は、脳内お花畑ペアだ。

 すれ違う人達が、腫(は)れ物を見るような、痛々(いたいた)しそうな目で見ているぞ。


 でも、僕達はお花畑にいるから、全然気にならない。

 周りに見えるのは、花か草だからな。

 いても、虫ぐらいだろう。


 二人だけのラブラブな散歩を、夕暮れの通りで、満喫(まんきつ)しよう。


 〈南国果物店〉の裏の館に、帰ってきて、お風呂で汗を流した。


 今日は疲れたから、執務は、もちろん、するはずがない。

 ベッドに腰をかけて、舞踏会であったことを、ボンヤリと考えてみる。

 〈サトミ〉を舞踏会で、踊らせられたから、良かったと思おう。


 後は、どうだったかと考えていると、ドアをトントンと叩いて、〈クルス〉が尋(たず)ねてきた。

 〈クルス〉の方から、部屋に来るなんて、珍しいこともあるな。

 今日の〈クルス〉は、さっきのラブラブ散歩といい、いつもと違っているぞ。

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