第489話 暗い隅は落ち着く
〈サシィトルハ〉王子が、婚約を披露する舞踏会へ来ている。
許嫁達が、ドレスを着ていることもあって、当然移動は馬車だ。
歩いてくる人なんて、いないだろう。
王宮の南宮にある馬車止めにつけて、一人ずつ手を取り、許嫁達を降ろした。
少しは、僕もエスコートが、出来るようになったんだ。
〈アコ〉と腕を絡めて、赤い絨毯の上を歩いていくのだが、これはかなり緊張するぞ。
〈クルス〉と〈サトミ〉も、後ろをしずしずと歩いている。
僕は、引きつった笑いになっているし、〈クルス〉と〈サトミ〉は、青い顔をしていると思う。
こういうことに一番慣れている、〈アコ〉も、王子様だから、さすがに緊張しているようだ。
南宮にある大ホールは、とても大きい。
〈アコ〉に言われたのだが、僕は一度、ここへ来ているらしい。
戦勝祝賀会が、行われた場所だと言っていた。
そう言われると、そういう気もしてくるな。
でも、こんなに豪華な、金色のシャンデリアが、下がっていたかな。
床の、緻密な柄の絨毯も、とんでもなく高そうだ。
飲み物を零したら、破産しそうで怖くなる。
それに壁は、華麗なタペストリーか。
どうして、絨毯を壁に掛けるんだろう。
口に出したら、笑われそうなので、黙っていることにしよう。
まずは、今日の主催者に、挨拶をするらしい。
ホールを進むにつれて、「あの髪飾りは、なんなの」「すごい紅色ね」「女王様がつけていらした羽と似ているわ」と言う、囁(ささや)き声が聞こえてきた。
「〈タロ〉様、〈サトミ〉達、めっちゃ目立っているよ」
〈サトミ〉、言ってくれるな。
〈アコ〉も〈クルス〉も、頷(うなづ)くなよ。
僕も、薄々感づいていたんだが、本当にしたくないので、黙っていたんだ。
分かってはいたんだが、こんなはずじゃなかった。
三人とも、《紅王鳥》の羽の髪飾りが、良いって言ったじゃん。
僕は悪くないぞ。
僕は、髪飾りなんか、被(かぶ)ってないからな。
「〈サシィトルハ〉王子、〈ロローナテ・レクル〉様、本日はお招きに与(あずか)り、誠にありがとうございます」
僕は、型通りの挨拶を行った。
それも出来るだけ、短かくだ。
「《ラング》伯爵〈タロスィト〉殿、良く来て下さった。忙しい中ご足労をかけるが、私達を祝って欲しい」
「〈サシィトルハ〉王子、〈ロローナテ・レクル〉様、本日はこのようなお目出度い席の、末席に座ることを許して頂き、感謝申し上げます」
許嫁達も、無難に挨拶を済ませたようだ。
ホッとしたよ。
踊りが始まるまでは、隅(すみ)っこに隠れていよう。
「ほぉ、英雄様は、もう逃げるのか」
「はぁ、英雄ではありませんが、もう逃げようと思っています」
「ははっ、さすがは英雄だ。ハッキリと言うな。一緒に朝稽古を、した仲じゃないか。もっと話していけよ」
「えぇ、そんな」
「〈アコ〉も〈アコ〉です。親友なのに、ちょっと冷たいと思いますよ」
「でも〈ロロ〉、後ろを見てよ。挨拶をしようと待っている人が、大勢並んでいるわ。話は後でね」
僕達は、並んでいる人達に頭を下げて、隅の方へ向かった。
やっぱり、暗い隅は落ち着くな。
〈クルス〉と〈サトミ〉も、ホッとした顔で、ようやく笑顔が出てきた。
ただ、《紅王鳥》の羽の髪飾りが、三つも揺れているんだ。
どうも注目を浴びているらしい。見られている感じが、堪(たま)らないな。
〈サシィトルハ〉王子が、〈ロローナテ〉嬢の手をとって、中央の演壇に進み始めた。
参列者は、二人の歩みに合わせて、手拍子を打っている。
僕達も、慌てて手拍子を打つことにした。
打たないわけには、いかんだろう。
大勢の人々が打つ手拍子が、ホールの天井に反響して、盛り上がってきたぞ。
許嫁達は、〈ロローナテ〉嬢を見て、「すごく綺麗」と顔を上気させている。
〈ロローナテ〉嬢の今日のドレスは、王族だけに許された銀糸が、ふんだんに使われているものだ。
何十基もあるシャンデリアの灯りを、照り返して、絢爛豪華さが半端ないぞ。
〈サシィトルハ〉王子の方も、銀糸で縁取られた、燕尾服みたいのを着ている。
僕は、あんなケバケバしいのは、勘弁だけど、豪華は豪華だと思う。
〈サシィトルハ〉王子は、演壇から参列者へ向かって、朗らかに挨拶を始めた。
けっ、婚約者が、美しいから嬉しいんだろう。
でも、横に立っている〈ロローナテ〉嬢と、お似合いだと思う。
まあ、他人事だから、おざなりの感想だけどな。
王子の挨拶が終わって、来賓の祝辞が始まった。
お偉いさんには、目立つ役を与える必要があるんだろう。
ただ、揃(そろ)いも揃(そろ)って、陳腐(ちんぷ)な話だ。
もしどうしても、僕がしなければならなくなったら、内容は諦めて、短くはしよう。
祝辞が続いているが、もう飲食や会話をしても良いようだ。
招待客が出す、会話や軽食を食べる音が、周りからしてくる。
皆、考えることは同じなんだ。
陳腐なことに、いつまでも、付き合っていられないよな。
僕達も、恐る恐る、飲み物を手に取った。
緊張で渇いた喉(のど)に、染み渡るな。
良いワインみたいだ。
僕達は、目立たないように、王子がどうだか、〈ロローナテ〉嬢がこうしたと、小声で話していた。
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