第488話 心臓の場所

 〈サトミ〉が、僕にお願いがあると言ってきた。


 よしよし、何でも聞いてやるぞ。

 可愛い下着でも、スケスケのネグリジェでも、夜のお菓子でも、何でも買ってやるぞ。


 でも待てよ。

 この世界では、夜のお菓子って、聞いたことがないな。


 これを、作って売れば、儲(もう)かるかも知れないぞ。

 今度、〈リーツア〉さんに、提案してみよう。

 販売促進用のエロ小話と、抱き合わせれば、良い商いになる予感がする。


 〈カリナ〉と〈ベート〉で、治験(ちけん)したら良いと思う。

 生々しい実話レポートを、エロ小話に展開出来るぞ。


 ただ、駆け落ち妻では、ダメだと思う。年齢が若すぎる。

 エロ小話を、嗜好品(しこうひん)としているのは、おばさんだ。


 若者が、好むものではない。夜のお菓子も、絶対そうだ。

 僕も、好んで食べたいとは思わない。

 効果があったら、余計に辛くなってしまう。


 「〈タロ〉様、聞いてるの」


 「あっ、ごめん。ちょっと、生産のことを考えていたんだ」


 「もう、〈タロ〉様は。お仕事も大切だけど、〈サトミ〉の話も、聞いてよね」


 「うっ、聞くよ。何でも聞くから」


 「それじゃ、〈タロ〉様。〈サトミ〉はねぇ。踊りが、心配なんだよ」


 「あぁ、踊りか。しばらく踊ってなかったからな。それじゃ練習しようよ」


 「うん。ありがとう、〈タロ〉様」


 僕は、〈サトミ〉の右手を握って、腰をグイッと引き寄せた。

 〈サトミ〉は、「あん」と息を吐いて、僕の腰に手を添えてくる。


 〈サトミ〉をリードしながら、ステップを踏むけど、上手く踊れない。


 「〈タロ〉様、困ったよ。ぎくしゃくして、上手く踊れないよ」


 原因は、ハッキリしている。部屋が狭いからだ。

 このスペースでは、伸び伸びとは、とても踊れない。


 「そうだな。部屋の中では、無理だと思う。外へ行こう。満月だから、何とかなるよ」


 通りへ出ると、暗いのは暗い。でも、月明かりで朧気(おぼろげ)には見える。


 空には、まん丸いお月様。

 淡く温かい明かりで、僕と〈サトミ〉を照らしてくれている。

 太陽の眩(まばゆ)い光ではないけど、柔らかな光が溢れているぞ。


 僕は〈サトミ〉を、さっきより強く引き寄せた。

 暗い中で踊るには、密着する方が良いと思ったからだ。


 〈サトミ〉は、「ふぅん」と小さく喘(あえ)いだ。

 柔らかなおっぱいが、形を変えたのだろう。

 僕の胸は、そう感じている。


 石畳に、トン、と最初の一歩を踏み出す。

 〈サトミ〉も、遅れずに、タン、と踏み出した。

 その後は、流れるようにステップを踏み続ける。


 部屋の中とは違って、〈サトミ〉は、伸び伸びとステップを刻んでいく。

 僕は、〈サトミ〉の身体の動きを感じて、邪魔にならないリードを心がけた。


 身体が密着しているから、〈サトミ〉の起動が、とても分かりやすい。

 腰が密着しているから、〈サトミ〉の熱が、どんどん伝わってくる。


 「あははっ、〈タロ〉様。〈サトミ〉、上手く踊れてるよ」


 今、踊っているのは、「輪舞旋楽」だ。


 僕と〈サトミ〉が、位置を入れ替えながら。優雅に舞うことを意識している。

 滑らかに回ることが、この踊りでは肝心である。


 〈サトミ〉は、スカートを翻(ひるがえ)しながら、クルリクルリと回転している。

 短い裾(すそ)から、真っ白な足が覗いて、僕の目を射(い)るようだ。

 僕は、心臓がドキンと震えて、もっと〈サトミ〉を回してしまう。


 もっともっともっと、翻れと思うのは仕方がないと思う。

 月明かりの下で、太ももを露(あら)わにして踊る〈サトミ〉は、ひどく蠱惑的(こわくてき)に見える。

 夜だからか、もう大人の女の表情だ。

 僕を見る視線が揺れて、僕を惑わそうとしているぞ。


 「ふふっ、〈タロ〉様。次は、「跳舞旋楽」を踊りたいな」


 「ようし、分かった。踊ろうぜ」


 「跳舞旋楽」は、男女が一緒に駆けまわったり、スキップしたり、飛び跳ねる踊りだ。

 「輪舞旋楽」より、素早く旋回する必要がある。


 僕は、〈サトミ〉の腰の下の方を、支えるように手を添えた。

 〈サトミ〉が、飛び跳ねるのをサポートするためだ。

 エッチな気持ちは、少ししかない。


 〈サトミ〉は、「あっ、お尻」と言ったけど、気にする必要は全くない。

 顔を見たけど、少しも怒ってはいない。

 瞳がキラキラと輝いて、僕に踊りたいと伝えてくるぞ。


 僕は、駆け抜けるような、ステップを踏みだした。

 いち早く、ステージの真ん中を、目指す想定で動いたんだ。


 本番では、どうするか未定だが。

 今、月光下のステージでは、僕と〈サトミ〉が、堂々と主役を張っている。

 ど真ん中で、目立つことが求められているんだ。


 今だけは、夜空に輝く星と一緒で、二人はスターなんだよ。


 だから、少しコミカルに、スキップを踏んでみたりする。

 スターは、エンターテイメントも、意識するのさ。


 その後も、〈サトミ〉を回して回して、回し続ける。

 〈サトミ〉は、僕の腰を起点に、クルクルと旋回を行う。

 時には、グルングルンと、大きく僕を回りもする。

 背を一杯に反らしたり、僕の身体に乗りかかったりと、自由自在の動きだ。


 〈サトミ〉の運動神経の良さが、なせる業(わざ)だと思う。

 それほど、多彩でしなやかな動きを見せている。


 それに、軽(かろ)やかさが、異次元だと思う。

 たぶん、月の光に吸い寄せられて、月面で踊っているのだろう。

 六分の一の重力だから、ずっと弾んで跳んでいられるんだ。


 とにかく、僕と〈サトミ〉は、駆けて跳ねて回ったんだ。

 銀河まで跳んで、星の石畳を駆けて、惑星を周回したんだ。


 〈サトミ〉は、「〈タロ〉様、楽しいよ」と、大きな声で笑っている。

 自由に踊れて、上手く踊れて、我慢出来なかったんだろう。


 でも、踊っている最中に、声を出すのは危険だ。

 舌を噛んでしまう。


 僕は慌てて、〈サトミ〉にキスをした。


 〈サトミ〉の口を、今直ぐ、塞(ふさ)がなければ、危険だと思ったんだ。

 〈サトミ〉が、このまま月へ昇っていかないようにと、思ったのかも知れない。


 〈サトミ〉は、キスをされて吃驚したのか、その場で固まってしまった。


 ただ直ぐに、瞳を閉じて僕の身体に、しっかりと抱き着いてくる。

 僕も、〈サトミ〉を強く抱きしめた。


 〈サトミ〉は、「急にされたら、心臓が止まっちゃうよ」と言いながら、僕の手をおっぱいに持っていく。


 「ほら、ドキドキしているでしょう」


 おっぱいじゃなくて、心臓だったのか。

 だけど、僕には、おっぱいとしか感じられない。


 「練習は十分だな。〈サトミ〉は、上手く踊れていたよ」


 「へへっ、そうかな。〈タロ〉様も、上手だよ」


 僕は、〈サトミ〉の心臓の場所というか、おっぱいを触りながら、帰ることにした。

 脇(わき)の下に、手を差し入れて、抱えるように、おっぱいを触り続けるんだ。


 〈サトミ〉は、心臓の場所だからか、手を退(ど)けてとは言わなかった。


 「あはっ、〈タロ〉様は、〈サトミ〉の心臓の音を、感じていたいんだね」


 そうじゃないよ。おっぱいを、触りたいだけだ。


 ふと見渡せば、通りの端に僕達はいる。

 夢中で踊っていたから、こんなとこまで、来てしまったのだろう。

 結構長い時間、歩くことになるな。


 でも、〈サトミ〉と、夜の密着デートだ。

 もっと長くても、良いと思う。


 歩く度に、おっぱいが上下して、実質揉めるのが素晴らしいぞ。


 三往復しようかな。

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