第486話 三人の穴は綺麗です

 「はぁはぁ、何を言っているのですか。《伯爵》様ともあろう人が。地味過ぎるのは、《紅王鳥》の髪飾りと、釣合(つりあ)いがとれません」


 追いついてきた〈ベート〉が、荒い息を吐きながら、憤然(ふんぜん)と言ってきた。

 〈アコ〉と〈クルス〉も、〈ベート〉の言う通りだと、頷いている。


 どうでも良いし、そうなのかも知れない。

 だから、反対はしないでおこう。


 「そう言うことか、良く分かった。三人とも、すごく似合っているよ」


 「それは、良かったです。もう一着は、お昼を食べた後にしましょう」


 えー、〈ベート〉の言葉に声を失った。

 まだ一着しか、選んでないのか。

 吃驚(びっくり)して、魂消(たまげ)て、凍りつくよ。


 僕は固まったまま、許嫁達に引っ張られて、〈南国果物店〉へ帰り着いた。

 今日は、ここで賄(まかな)い飯を、食べさせて貰う予定だ。

 賄い飯は、美味しかったと思う。


 だけど、許嫁達は、二人の赤ちゃんに夢中だ。

 僕は、放置されたので、〈ガリ〉のメンテナンスをしてあげた。


 〈ガリ〉は僕が、こっちへ来いと言ったら、名残惜しそうに穴を見てた。

 でも、しょうがないなって顔をして、不満そうにやってくる。

 誰が、エサの金を出しているのか、薄々分かっているのだろう。


 だから、この野郎には逆らったダメだと、腹を晒(さら)して服従状態だ。


 はははっ、僕は全能感を覚えて、〈ガリ〉にたかっているノミを潰(つぶ)してやった。

 全能なんだから、虐殺(ぎゃくさつ)を、したくなってしまったんだ。

 プチプチっと潰す感覚が、妙に気持ち良かったな。


 〈ガリ〉は、ノミを取ってやったにも係わらず、ずっともの哀しい顔をしてたと思う。

 まあ、逆だったら、そう感じるよね。

 ほんと、権力者って嫌だね。


 昼食を食べて、許嫁達は、また〈ベート〉の店に籠(こも)っている。


 暇なので、〈カリナ〉に〈リク〉はどうしてると聞いたら、〈南国茶店〉で働いているようだ。

 どうも、必要以上に子供をあやそうとするので、大変ウザいらしい。

 だから、出来るだけ離すようにしているって、笑いながら答えられた。


 あまり育児に役立っていなくて、邪険(じゃけん)にされているんだな。

 子供に関する〈リク〉は、困り者だよ。


 〈リーツア〉さんも、これで子供がしゃべるようになったら、どうなることやら、と心配しているみたいだ。

 ただ、心配と言ってるだけで、それほどじゃないらしい。

 その証拠に、ケケケッと笑って、新しいエロ小話を披露してくれた。


 「三つの穴は無理です」って話だ。


 そりゃ、吸えないから無理、ってことなんだが、どうしたもんだろう。

 脱力してしまって、生気がなくなるよ。


 フニャフニャになっている、僕の前に、許嫁達が現れた。

 肩には、また違う色の布地が、垂(た)らしてある。

 太陽光線下での、色を見ようとしたらしい。

 でも、舞踏会は室内で行うから、関係ないと思うな。


 許嫁達は、「良く似合っている」「素敵な柄」と言われて、嬉しそうだ。

 ただ、僕にも言わせたいらしい。

 邪魔くさいことは、早く終わらそう。


 だから、「三人の穴は綺麗です」と言ってあげた。


 許嫁達は、「〈タロ〉様、何を言ってるの」「誤解されますわ」「信じられません」と真っ赤になって、〈ベート〉の店へ走っていった。


 あれ、半分眠ってたら、少し間違えたみたいだ。

 〈リーツア〉さんは、僕の肩をバンバン叩きながら、涙を流して大爆笑だ。

 〈カリナ〉と、駆け落ち妻も、堪(こら)え切れずに笑っている。


 大うけだから、良いんだろう。




 学舎の新学期が始まった。二年生の後期だ。

 〈アコ〉の話によると、三年生は実質前期しかないので、学舎生活はもう一年となる。

 長いような、短いような、何とも言えない期間だと思う。


 最初の授業は「武体術」で、何やら邪魔くさいことになるらしい。

 《青燕》と合同で、軍事演習的なことを実施するようだ。

 今日はまだいないけど、次の授業から、《青燕》の学舎生と合同となる。


 先生の話によると、《黒鷲》生は、この王国の指導者となるのだから、指導力を養う必要があるってことだ。

 まあ、王国で貴族制だから、そうなんだろう。


 でも、《青燕》生の方が、優秀に決まっている。

 素直に、こちらの言うことを聞くのだろうか。かなり不安がある。

 周りの《黒鷲》生を見ても、指導力のカケラも見つけられないぞ。


 先生も、そう思っているのだろう。

 演習の班を分けた時、班長は《黒鷲》生だけど、必ず副班長は《青燕》生にしなさいと言っている。

 班長は飾りで、実質的な班長は、副班長だってことだよな。


 軍事演習的なことは、王都の郊外にある、軍の演習地を借りて行う。

 小高い丘が二つある、だだっ広い草原らしい。

 その丘に本陣を敷いて、二組が争うって内容だ。


 先生は、死人が出るような演習じゃない、と言っているけど、怪我人は出るってことじゃん。

 それはどうなの。


 やりたくないって、気持ちが溢れてくるぞ。


 我が二組の、〈アル〉、〈フラン〉、〈ソラ〉、〈ラト〉の面々は、情けない顔になっている。

 心の底から、嫌なんだろう。 

 眉間(みけん)によった皺(しわ)が、嫌さのバロメーターとしたら。

 三本は、確実にあると思うな。


 〈ロラ〉だけが、力拳を握って、口を真一文字にしている。

 コイツは、近衛軍への就職を狙っているから、この演習で良い所を見せたいんだろう。


 それと、一組の連中も気合が入っているようだ。

 対抗戦の恨みを、晴らそうと言っている。

 恨まれるようなことが、何かあったかな。


 ただ、妙なのは。

 今までなら、一番騒いでいるはずの、〈先頭ガタイ〉がやけに大人しい。

 黙って立っているだけだ。


 彼に、何が起こったのだろう。

 ふぁ、この演習は、もう既に、波乱の予感がするぞ。


 風雲急を告げて、雨が降って来たから、今日の「武体術」の授業は終了した。

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