第485話 硬直化した収益構造

 「ふふ、《ラング》でお店を開かれるのが、楽しみですわ」


 〈クルス〉と〈サトミ〉も、頷(うなず)いているけど、僕は、あんまり嬉しくない。

 お金を出すのは、僕だからな。


 「それはそれとして。本日は、王子様の舞踏会用の服ですか」


 「へぇー、良く分かったな」


 「二着ほど、下請けが入っていました」


 悲しい現実を聞いてしまった。

 華やかな大通りの店と、裏通りに構える店の格差なんだろう。

 硬直化した収益構造を、破るのが困難なんだと思う。

 

 「そうなんだ」


 「わたしの店は、お貴族様には、相手にされていません。そうかといって、平民は、滅多(めった)に、服を新調したりしないのです」


 「〈ベート〉さんも、苦労されているのですね」


 〈クルス〉、そうなんだろうか。

 かなり年下の〈ソラィウ〉を、どうやってだが、誑(たぶら)かしたんだぞ。

 そんな甘ぇことを言っていると、ケツの毛まで抜かれるぞ。

 〈ソラィウ〉は、何本も抜かれたのに、決まっている。


 「いつも泣いていますの。でも、《伯爵》様は、私の救世主様です。本日も、服を注文して頂けます。二人の王子様ですので、合計六着ですね」


 「えっ、同じ服ではダメなんですか」


 〈サトミ〉は、良いことを言うな。僕もそう思うよ。


 「それはいけません。何と言っても、お嬢様方は、英雄様の伴侶(はんりょ)です。ものすごく、注目されるに決まっています。でも、心配はご無用です。下請けの服より、倍以上素敵な服を作って差し上げます。ぐふふっ」


 〈アコ〉は、〈ベート〉と一緒に笑っているし、〈クルス〉と〈サトミ〉も、安心したように見える。

 段々、貴族の考えに、染まっていっているんじゃないのか。

 安心のような心配だな。


 六着も生地から選ぶんだから、とても待ってはいられない。

 許嫁達を残して、僕は〈南国果物店〉で待っていよう。


 〈南国果物店〉の裏で、許嫁達を待っていると、〈ガリ〉が穴を掘っているのが見える。

 掘っている小さな空き地は、とても固いので、中々掘れないらしい。

 ふざけた顔をして、一心に掘っている。


 顔はふざけて見えるが、本犬(ほんけん)は真剣なんだと思う。

 これが〈ガリ〉のやりがいって、ヤツなんだろう。


 会社の利益に何も貢献しない、意味のない数字を、こねくり回している中年サラリーマンのようだ。

 自分は、何かを成し遂げているつもりでいるが、同僚(どうりょう)からは冷笑しかされていない。

 有限の時間を、自分の思いに囚われて、無駄に消化する悲しい生き方だ。

 ただ、それしか出来ないのだろう。


 だから、〈ガリ〉も一心に穴を掘っているか。


 これは、考え過ぎだな。

 僕が、舞踏会用の服を、無駄だと思っているから、こう感じたんだろう。


 よく考えたら〈ガリ〉は、祖先が穴を掘って巣を作っていた頃に、先祖返りしているだけだと思う。

 家族を作るための、家を造りたいのかも知れないな。

 硬い土だから、耐震性は抜群(ばつぐん)なのが出来そうだ。


 〈南国果物店〉の方は、スイカが良く売れているように見える。

 大きなスイカを持った、親の周りを、子供が嬉しそうに跳び跳ねている。


 はぁー、砂浜で、スイカ割をしても良かったな。

 目を瞑(つぶ)ったら、「キャー」「キャー」と黄色い歓声が、聞こえてくるようだ。


 現実は、「オギャー」「オギャー」と赤ちゃんの泣き声が、聞こえている。

 〈カリナ〉の子供と、駆け落ち妻の子供だ。


 子供の世話があるから、〈南国果物店〉の方のシフトに回っているらしい。

 子供を背中に負(お)ぶって、笑いながら接客している。


 何か充実している感を、醸(かも)し出しているな。

 お尻もそうだけど、どっしりとした安定感だ。


 「へへっ、《伯爵》様、他人(ひと)の奥様のお尻を、ニタニタと見ていましたね。言いつけますよ」


 〈ベート〉は、卑(いや)しく笑いながら、告げ口を仄(ほの)めかしやがる。

 こんな女だと思っていたが、その通りだったな。

 何が、救世主様だよ。


 「はぁ、そんな風には、見てないよ。安定感があると、思ってただけだ」


 「へへっ、そうなのですか。それじゃ、〈カリナ〉に、でっかい尻だと言ってました、と言いましょうか」


 「はぁ、何でそうなるんだ。お前は、おかしいのか。もし言うなら、〈ベート〉より〈カリナ〉のお尻の方が、しまっている、と伝えろよ」


 「はぁ、わたしのお尻を見てから、言って欲しいですね」


 〈ベート〉が、後ろを向いて、お尻を突き出してきやがった。

 僕は、見たくもないので、無視をして〈ベート〉の店へ向かうことにする。


 〈ベート〉が僕に、突っかかってくるのは、何かあったのか。

 大方(おおかた)、〈ソラィウ〉が垂れたお尻を見て、「ハァー」って溜息でもついたんだろう。


 まあ、ハッキリとしているのは。

 ここで、〈ベート〉でじゃれ合っても、何も嬉しくないってことだ。

 もし、じゃれるのなら、店で待っている許嫁達としよう。

 ドロッとなったお尻は、十年後の許嫁達で、十分間に合っているんだ。


 店に入ると許嫁達が、ドレスの布地を、肩にかけ待っていた。

 色や柄がそれぞれ違うが、共通しているのは派手なことだ。


 「少し派手過ぎないか」


 「〈タロ〉様も、そう思う。〈サトミ〉も、そう思ったの」

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