第484話 花嫁衣裳

 そうだ、思い出した。〈サトミ〉の裸で、飛んでしまっていた。


 「〈サトミ〉、王子から舞踏会の招待状が来ているんだ。一緒に行こう」


 「えっ、王子様なの。〈サトミ〉は平民だよ。ちょっと、尻込(しりご)みしちゃう」


 「〈サトミ〉のお尻なら、大丈夫だと思うぞ」


 「〈タロ〉様は、何を言ってるの。〈サトミ〉のお尻は、関係ないよ」


 本当は、バカと言いたかった感じだ。


 「〈アコ〉も一緒だから、大丈夫だよ。〈サトミ〉も結婚したら、貴族になるんだから、少しは慣れとく必要もあるんだ」


 「はぁ、そうなの。〈タロ〉様、〈サトミ〉を、ちゃんと支(ささ)えてね」


 「ドンと任されたよ」


 「あはぁ、頼りにしてます」


 〈サトミ〉に伝えられたから、後は、〈クルス〉と〈アコ〉だな。

 僕は、〈サトミ〉の部屋を出て、〈クルス〉の部屋へ向かった。

 返事の期限が迫っているので、早く確認をする必要があるんだ。


 〈クルス〉の部屋を、ガバッと開けると、そこには、〈アコ〉と〈クルス〉がいた。

 帰ってきたばかりなので、〈アコ〉は今日、〈クルス〉の部屋に泊まっている。


 ノックはしなかったけど、二人はすでにパジャマを着替えていた。

 チッ、裸族じゃないんだな。


 「〈タロ〉様、急に入るなんて、礼儀が疎(おろそ)かですわ」


 〈アコ〉が、小言を言ってくるが、気にしない。


 「急いでいたんだよ。両王子から、婚約披露の舞踏会への案内が来たんだ」


 「まあ、〈タィマンルハ〉王子も、婚約されるのですか」


 〈クルス〉は、意外そうに聞いてくる。

 まだ、決まったばかりで、噂にもなっていないのだろう。


 「対抗したんだと思いますわ。それはいいですが、〈タロ〉様。〈サシィトルハ〉王子の招待状は、こんなに遅かったのですか。〈ロロ〉に聞いていた話ですと、舞踏会はもう直ぐのはずですわ」


 「ははっ、かなり前に来てたんだけど、返事の期限が迫っているんだ。二人とも行くだろう」


 「もう、〈タロ〉様は、夏休みで浮かれて、忘れていたんでしょう。友達の〈ロロ〉の方は、もちろん、祝いに行きたいと思いますわ。でも、〈タィマンルハ〉王子の方は、どうされるのですか」


 「どちらかの陣営と思われないように、そっちも行こうと思っているんだ」


 「それは、そうですね。私も賛成しますわ」


 「あの、少し良いですか。私と〈サトミ〉ちゃんは、平民ですので、王子の婚約披露に、のこのこと出かけても良いのですか」


 「あら、心配いらないわ。〈クルス〉ちゃんと〈サトミ〉ちゃんは、〈タロ〉様との結婚が決まっているだから、もう貴族みたいなものよ。それに何があっても、〈タロ〉様が守ってくれるわよ」


 「〈タロ〉様、私を守って下さいますか」


 「もちろん、守るさ。魔獣が現れても、指一本触れさせないよ」


 「うふふ、その魔獣は、着飾っているのでしょうね」


 「ふふふ、〈クルス〉ちゃんの言うとおりね。着飾った魔獣から、〈タロ〉様を守る必要があるわ。だから、三人で周りを固めましょう」


 「うふふ、〈サトミ〉ちゃんとも話をして、作戦を考えましょう」


 へっ、どこで僕が守られる話に、すり替わったんだ。

 強引過ぎるんじゃないか。かなり、おかしい気がするぞ。

 僕は、周りを固める必要があるような、浮気者じゃないのにな。


 まあ、二人が、笑っているから良いか。

 招待状には、許嫁達三人と、ご招待に与(あず)かりますと書いておこう。



 今日は、〈ベート〉の店へ、舞踏会の服を買いに行くことになっている。

 許嫁達に、〈タロ〉様に恥を掻(か)かせるわけにはいきません、と強請(ゆす)られた結果だ、 

 当然、お金は僕が持つ。

 はぁー。


 店へ行くと、ニタニタと笑いながら、〈ベート〉が服を縫っていた。

 フワフワした白い、ドレスのようだ。


 「へへっ、《伯爵》様、ごきげんよう。許嫁様達も、嬉(うるわ)しゅうございます」


 〈ベート〉の、何とも言い難い笑い顔が、鼻につくな。


 「〈ベート〉さん、とても良いことがあるのですね」


 〈アコ〉が、ニコッと笑って聞いている。

 イラッと、しないんだな。


 「うへへっ、わたしも、皆さんと同じになりました。婚約したんです」


 「まあ、おめでとうございます。〈ソラィウ〉さんと、ご結婚されるのですね」


 「うははっ、そうなんです。《ラング領》に行った時、ご両親にも挨拶しましたのよ」


 ほぉー、そうなのか。

 〈ソラィウ〉からは、聞いてないけど、大丈夫なんだろうか。

 でも、どうでも良いことだな。他人事だ。

 好きに引っ付いてくれ。


 「〈ベート〉さん、今縫っているのは、花嫁衣裳なの」


 「あははっ、分かりますか。《伯爵》様の冬休み中に、《ラング》で結婚式をあげますの。祝辞をよろしくお願いしますね」


 僕の冬休みに合わせなくても、良いだろうに。

 勝手に、引っ付いて欲しいな。


 「ほぉ、《ラング》で結婚式なのか。将来はどこに住むんだ」


 「それは、《ラング》ですね。働いても働いても、王都では下請けから抜け出せません。《ラング》でお店を開きますので、御贔屓(ごひいき)にして下さいませ」


 なるほど。領主の妻が、三人も顧客になるんだ。

 一定の収益が上げられると、考えたのか。

 ずる賢い女だけに、戦略は間違っていないな。

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