第481話 日焼け止めは

 王都へ向かう「深遠の面影号」は、静かに海面を滑っていく。


 〈ベート〉と〈ソラィウ〉は、とっくに帰ったし、〈リク〉も結構前に帰って行った。

 乗船しているのは、僕と許嫁達と、後は〈サヤ〉だけだ。


 その〈サヤ〉が、不思議なことに大人しいんだ。

 鍛錬も練習も、しようと言ってこない。


 どうも、周りの人間のスキルが、第二段階に進んだことに、まだ大きなショックを受けているらしい。

 思ったより、引きずる性格だったんだな。

 それか、〈藍色の女豹〉のアイデンティティを、失うのが怖いのか。


 どちらに致(いた)しましても、僕と許嫁達にとっては、朗報(ろうほう)である。

 平穏な航海を送れて、大変有難い。


 〈サヤ〉が、落ち込んでいるのから、隠すわけじゃないけど。

 僕のスキルが、第三段階に進んだことは、ひたすら黙っているつもりだ。

 何と言っても、瞬間移動のスキルは、前代未聞(ぜんだいみもん)のものらしいので、騒ぎになるのを避けている。


 僕は許嫁達と、ねっとりとしたスローライフを、するのが夢なんだよ。

 許嫁達も、そうに決まっている。

 現に、ものすごくリラックスして、日傘(ひがさ)の下で、リゾート状態だ。

 長椅子に寝転んで、優雅にお茶を飲んでいるぞ。


 日傘をさしているのは、海水浴の後の日焼けが凄かったので、危機感を覚えたらしい。

 〈ドリー〉にも、何か言われたみたいだ。

 海水浴は、もう厳しいと思う。


 ただ、水着がないので、海水浴にもう拘(こだわ)りはないんだ。

 バーベキューと、お風呂の組み合わせで、良いんじゃないかと思っている。

 この方が、手っ取り早い。裸だもん。

 おっぱいも、お尻もモロ出しだ。


 ただ、暇ではある。

 鍛錬や練習がないと、船旅って、とても暇なんだ。


 暇過ぎて、釣り糸を流してみたが、ピクリとも反応しない。

 こんな、大海原(おおうなばら)で、釣れるわけがないか。

 せめて藻でも、漂っていないとダメだよな。


 暇そうにしている僕を、許嫁達は呼びつけて、日焼け止めを塗れと言ってきた。


 はぁ、そんなことを、僕がする道理がない。

 僕は、ご領主で伯爵様だぞ。使用人じゃない。

 なめたことを言いやがって、喧嘩(けんか)を売っているのか。


 でも、待てよ。

 少しでいいから、考えてみろよ。


 僕は、目を瞑(つぶ)って、深く考えてみた。

 結果、すごく浅いところで、ビジョンが映像になって降りてきたんだ。


 目を開けた時に僕は、犬のように「はぁ」「はぁ」と荒い息を吐きながら、首が千切れるほど縦に振ってしまった。

 ぬるぬるってことだよ。


 日焼け止めは、〈スズキ〉と言う名前の樹木から造られている、白い粉だ。

 ただし、白い粉といっても、危ない成分は入ってはいない。

 どうも、紫外線を反射する成分らしい。

 それを水で溶いて、肌に塗ると、日焼けが防げるってことだ。


 「〈タロ〉様、お願い。〈スズキ〉を、肌に塗って欲しいのですわ」


 〈アコ〉が、ウインクしながら僕に頼んでくる。

 ウインクをした意味は、そういうことだろう。


 塗るだけなら、許嫁達がお互いに、すれば良いだけのことだ。

 許嫁達も、暇を持て余して、何か刺激が欲しいんだろう。

 ヒィヒィ、何かが目覚めるような、刺激を与えてやろう。


 僕は捏(こ)ねた〈スズキ〉を、手に取って、〈アコ〉の足に塗っていく。


 「〈タロ〉様、べたつかないように、薄く塗ってくださいね」


 〈アコ〉は、長椅子に寝そべりながら、注文をつけてくる。

 良いご身分だと思うけど、身体をべたべた触れるから、ここは我慢しよう。


 それにしても、この〈スズキ〉って、クリームみたいで美味しそうだな。

 試しに舐めてみたら、木の味がした。

 当たり前だな。全く美味しくない。


 「何でも口に入れたら、いけませんよ」


 〈アコ〉が、「はぁ」と溜息を吐きながら、注意してきた。


 「〈タロ〉様、ペッと海に吐き出しなさい」


 すごく、上から目線じゃないのかな。子供扱(あつか)いだよ。


 「分かった。吐き出すよ」


 僕は海の方を向いて、ペッと吐き出した。何と言っても、不味いからな。


 「〈タロ〉様は、お利口さんですわ」


 〈アコ〉に褒められたよ。チンチンをしてしまいそうだ。


 〈スズキ〉を〈アコ〉の脚と腕に、丁寧に塗ってあげた。

 モッチリとした肌は、食べちゃいたいぐらい美味しそうに見える。

 でも、今は〈スズキ〉が塗られているから、美味しくはないと思う。


 腕の次は、首と顔だな。


 僕は、寝転んでいる〈アコ〉に、被(かぶ)さるような体勢をとった。

 長椅子は、ギィーと音をたてたが、何とか踏ん張ってくれている。


 僕は首を塗るふりをして、〈アコ〉の唇にキスをした。


 〈アコ〉は、寝ているわけでもないのに、少しも動かない。

 顔を、両手で包むように塗りながら、ずっとキスを続ける。

 〈アコ〉は、目立たないように内側から、僕の頬を両手で包んできた。


 長いキスの後、〈アコ〉は「ふふ」と笑って、「〈タロ〉様は、お利口さんですわ」

と、また僕を褒めてくれた。

 ずいぶんと舐めた口をきくけど、今、舐めたばっかりか。


 次は〈クルス〉の番だ。

 一人だけに、塗るサービスを、するわけにはいかない。

 不平等は、亀裂(きれつ)を生んで、不和(ふわ)を招(まね)いてしまう。


 「〈クルス〉にも、〈スズキ〉を塗るよ」


 「うふふ、塗って頂けるのですか」


 「もちろんさ」


 仰向けになっている、〈クルス〉の腕と脚を塗っていく。

 相変わらず細いけど、かなりふっくらしてきたな。


 同じ体勢のまま、脚の裏側も塗ってしまおう。

 僕が膝裏から、太ももの裏に手を滑らせると、〈クルス〉の呻(うめ)き声が聞こえた。


 「んんう、〈タロ〉様。そこに塗る必要は、ありませんよ」


 「うん。〈クルス〉の肌がスベスベだから、手が滑(すべ)ったんだ」


 「んん、嘘ばかり言って、もう。まだ、触っているじゃないですか」


 そう言われると、直ぐお尻の近くまで、手は滑っているな。

 〈クルス〉の肌は、本当にツルツルなんだから、こういうこともある。


 「はははっ、今度は、顔と首を塗るからね」


 僕は、〈クルス〉の頭の方へ回り、腰を折るようにして被さった。

 目の前には、反対向きの〈クルス〉の顔がある。


 〈クルス〉は、「ふー」って息を吐いて、目をゆっくりと閉じた。

 僕は、顔と首を塗りながら、〈クルス〉にキスをする。


 でも、反対側からは、少しやり難いな。

 だから、上唇と下唇を交互に吸ってみた。


 「チュジュ」「チュジュ」と音が出る度に、〈クルス〉の首が赤くなっていくのが、面白いな。


 「んん、もう。〈タロ〉様、音が聞こえてしまいます。昼日中から、することではありません。自重(じちょう)してください」


 〈クルス〉はそう言って、横を向いてしまった。


 ただそうなると、目の前には、〈クルス〉の耳があるってことだ。

 僕は、〈クルス〉に耳に向かって、「ふー」と息をかけた。


 「いゃーん、あぁー、ちょっと。そこはダメなんです」


 〈クルス〉は、色っぽい声を出して、耳まで真っ赤になっている。

 赤く染まった耳を押さえて、僕を睨(にら)みつけている感じだ。


 僕は「へらへら」笑いながら、「ごめん」と言って、〈サトミ〉の方へ逃げていく。

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