第470話 クセがすごい

 僕と〈クルス〉は、石を組み合わせて、簡単な竈(かまど)をこしらえた。

 〈リク〉と〈ハパ〉先生と農長が、平らな場所を選んで、テントを二張り立てている。

 〈クルス〉は、竈の火を起こしているので、僕は林に枝を拾い集めに行くことにした。


 「〈タロ〉様、火を大きく出来ましたので、枝を燃やしてください」


 僕は、細い方から、順番に枝を竈に入れていった。


 「〈クルス〉、これ位で良いんじゃないか」


 炎は大きく燃え盛り、僕と〈クルス〉の顔を照らしている。


 「はい。これで十分です」


 〈クルス〉は、煮込料理の鍋を竈にかけた。

 〈ドレーア〉さんの置き土産になった、〈出し茸〉も入っているらしい。

 プーンとキノコ特有の香りが、辺りに漂ってくる。


 ただ、僕はその匂いには、殆ど関心が向かない。

 それとは、まるで違う〈クルス〉の匂いに、僕の臭覚は責められている。

 堪らなく、良い香りに思えて、嗅ぐことを止められない。


 「もう、〈タロ〉様は。近づき過ぎです。皆さんに見られてしまいます。我慢してください」


 〈クルス〉は、竈の炎を写したのか、火のような赤い顔をしている。

 僕の服の袖を、掴んでいるのは、距離をとろうとしているんだろう。


 ただ、押す力が弱過ぎるので、意味をなしていない。

 もう僕と〈クルス〉の顔は、引っ付きそうになっていた。


 「フムフム、〈タロ〉様と〈クルース〉さんも、仲良し子良しなんだな。良い塩梅(あんばい)に引っ付いているだ」


 農長が、また分かったような口をきいている。

 この人が言うと、「小好し」が「子良し」にしか聞こえない。

 僕と〈クルス〉を、そういう目でしか、見ていないじゃないか。


 〈クルス〉は、「あっ、違います」と言って、僕の袖から慌てて手を離した。

 何が違うのか、気になってしまうな。


 太陽が沈む頃に、煮込料理が完成して、焚火(たきび)を囲みながら夕食をとった。

 〈クルス〉の料理は美味しいけど、〈出し茸〉のクセがすごい。

 シイタケの香りを、何倍にもした感じだ。これは、何とも言い難いと思う。


 「〈クルース〉さんの料理は、美味しいですね。それに、〈出し茸〉の名前のとおり、良い出しが出ています」


 〈ハパ〉先生は、手放しで〈クルス〉の料理を褒めている。

 〈クルス〉が褒められると、誇らしくて、僕も嬉しくなるぞ。

 でも、〈出し茸〉が美味しいに関しては、僕は賛成出来ないな。


 「〈クルース〉さんは、料理がお上手ですだ。やっぱり塩の具合が良いんだで。ははっ」


 農長は、何で笑っているのか、全く分からない。訳を聞く気も、全く起きないぞ。


 「おぉ、これは。〈クルース〉さん、絶品だ。料理の才能もお有りなのですね。〈出し茸〉の出しが、良く効いていると思います。〈ドレーア〉さんが、必死になった訳が分かりました」


 「うふふ、皆さん、褒め過ぎです。まだお代わりがありますから、どんどん食べてください」


 僕達は、もう一回ずつお代わりをして、〈クルス〉の料理を堪能した。

 ただ僕は、〈出し茸〉をよけて、と〈クルス〉にお願いをしたんだ。

 〈出し茸〉が、ないところをよそってくれたけど、「ふっ」と笑っていたのが、少し気になるな。


 お腹が満足したら、野営ではもう寝るだけだ。


 「私達三人が、交代で夜番をします。〈タロ〉様と〈クルース〉さんは、ゆっくりと休んでください」


 それはそうだろう。僕は、領主はなんだから、夜番はしないよな。

 でも、そうなると。僕は〈クルス〉と一緒のテントなのか。

 ゆっくりと、言ったのは、そう言う意味なんだろうか。


 「〈タロ〉様、天幕(てんまく)は、厚い生地で出来ていますだ。音はちっとも漏れねぇだ」


 農長の言葉で、〈クルス〉が真っ赤になっている。


 テントは大小二つ用意されているので、〈クルス〉と〈ドレーア〉さんが、一つのテントを使うはずだった。

 だけどこんな場所で、一人で寝るのは、嫌なんだろう。

 〈クルス〉は、恥ずかしながらも、僕と寝るのを拒否していない。

 もう僕と、そんな関係と思われても、良いと思っているのかな。


 三人にお休みと言って、僕と〈クルス〉は、テントの中へ入った。

 ランプに火を灯すと、柔らかな光が溢(あふ)れ出す。

 厚い生地で仕切られた、二人だけの空間の出来上がりだ。


 二人だけなら、そんなに狭くない。

 毛布が何枚も敷いてあって、快適そうな感じに見える。


 「〈タロ〉様、上着を脱いで寛(くつろ)ぎましょう」


 「そうだな」


 〈クルス〉は、そう言いながら、上着を脱いでスリップ姿になった。


 僕も上下の下着一枚になって、毛布の上に寝転んだ。

 今は夏だから、毛布は少し暑く感じる。

 それもあってか、上は、大きなタオルみたいな布が、一枚用意されているだけだ。


 〈クルス〉も、僕の横に寝転んできたから、さっそくキスをした。


 二人だけの空間なんだから。もう遠慮する必要はない。

 〈クルス〉を抱き寄せて、身体と唇の柔らかさを、久しぶりに味わう。

 〈クルス〉は、何も抵抗しないで、僕の背中に手を回してきた。


 もう夜番が、始まったのだろう。

 焚火が、パチパチとはぜる音しか聞こえてこない。


 後は、〈クルス〉の吐息の音だけだ。

 口の中へ、舌を入れたら、甘く変わった気がする。

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