第469話 〈ラノオイラキ山〉

太陽が真上に来たので、昼食をとることにする。

 火を起こして、スープは温めたが、後は、ハムをパンに乗せただけの簡単なものだ。


 「お昼からは、どうする」


 「この周りに、もう採取するような植物は、見当たりませんわ」


 〈ドレーア〉さんは、首を横に振りながら、否定的に話している。

 それはそうだろう。同じような草しか生えていない。

 まあ、最初から僕には、どの草も雑草にしか、見えていないけどな。


 「ご領主様、左の方に林があります。行ってみますか。危険なものは、ないと思います」


 〈ハパ〉先生が、言うと信じられないけど、慎重な〈リク〉が、言うなら安全だろう。


 「そうするか。荒野は、もう飽きたからな」


 僕達は、焚火(たきび)の跡に土をかけて、林の方へ歩いて行く。

 林に近づくと、小鳥の声が聞こえ始めた。

 植生が複雑になったので、荒野より、生物が多いみたいだ。

 ただ、素早い動きなので、黄色や瑠璃色が、動いた印象しか残らない。

 

 「うーん、木が細すぎて、木材としての価値はないですな」


 〈クサィン〉が、面白くなさそうな顔をしている。

 金にならないので、開発をされてなかったんだ。

 少し歩いただけで、儲ける元が、そこらに転がっているはずがない。

 もっと発想を広げて、僕に儲けさせろよ。


 一方、〈ドレーア〉さんと〈クルス〉は、薬草採取に忙しいようだ。

 嬉々として、林間を動き回っている。


 「〈タロ〉様、薬草が採り放題です。人が誰も入ってないので、あちらこちらに群生しているんです」


 珍しいことに、〈クルス〉が興奮して話してくる。

 嬉しそうに笑ってもいるぞ。


 上気して赤くなった顔に、色気を感じてしまう。

 はぁ、誰も見てなかったら、襲ってしまいそうだ。


 ただ、不思議に思うのは。草が生えているだけで、どうして、そんなに嬉しいのだろう。


 「良かったな、〈クルス〉」


 「はい」


 僕の方は見ていないが、声は大きかった。

 草に夢中なんだろう。

 しゃがんで丸くなった、お尻をペロンと触ってみたくなるぞ。


 僕は林の中をブラブラと歩いている。赤い水玉のキノコを見つけて、食えるかを考えていたら。


 ― キャー ―


 と悲鳴が上がった。

 声に反応して振り返えると、〈ドレーア〉さんが、倒れているのが見えた。

 慌てて傍に行くと、どうも足を捻ったらしい。

 足を押さえて、すごく痛そうにしている。


 「すみません。キノコを採ろうとして、足を捻ってしまいました」


 〈ドレーア〉さんは、少し上の方にあるキノコを、採ろうとしていたようだ。

 そのため、枝に足をかけたのだが、枝が腐っていて折れてしまったらしい。


 「貴重な〈出し茸〉が、沢山あったので、我を忘れてしまいました。情けないですね」


 〈ドレーア〉さんの横に転がっているのが、〈出し茸〉なんだろう。

 木を濃縮したような、キノコ独特の匂いが、漂ってきている。


 〈ドレーア〉さんは、思い切り足を捻ったらしく、一人では歩けなかった。

 〈ドリー〉の母親だから、お年もそこそこ召(め)されている。

 無理をして、歩けなくなるのは、避けなければならない。

 応急の治療を〈クルス〉が行い、渡し場まで帰ることにした。


 〈ドレーア〉さんは、〈リク〉に背負われながら、謝ってばかりだ。

 自分のせいで、この巡察が中途半端に終わることを、心配している。


 でも、北側全体の広い場所なんだから。

 一泊二日程度では、最初から中途半端なんだけどな。


 ただ、あまり申し訳ないそうにするから、〈ドレーア〉さんと〈クサィン〉だけ、先に帰ることになった。

 〈クサィン〉は、ほとんどこの巡察で役に立っていない。

 もっと、山に近づいて鉱山だとかでは、出番もあるかも知れない。

 だから今は、あまり必要なメンバーではないんだ。


 それで、〈ドレーア〉さんを背負って、一緒に帰って貰うことになった。

 他のメンバーも、この決定に、何も異議を挟まなかった。


 ただ〈クルス〉が、顔を赤らめていたのは、どうしてだろう。


 渡し場で大きな旗を振り回すと、当番の兵士が見つけてくれる。

 直ぐに川船が、こちら側にやってきた。

 〈ドレーア〉さんと〈クサィン〉を見送って、僕達はまた巡察の再開だ。


 今度は薬草採取をしないで、行けるとこまで行って、そこで野営をする予定にした。

 先ほどの林を左に見ながら、真北に向かってズンズン進む。

 石混じりの地面だが、起伏がないので、結構距離を稼げる。


 《ラング川》は、とっくに見えなくなって、正面に薄っすら山が見えてきた。


 「〈タロ〉様、遠くに見える山は、〈ラノオイラキ山〉だと思います。麓(ふもと)に着くのは、馬でも、ゆうに十日はかかるでしょう」


 〈ラノオイラキ山〉か。大陸中央部だな。

 学舎の授業で、《オブア》国との、国境を流れる〈サアタンキ川〉の源流域と聞いたことがある。 

 〈ラノオイラキ山地〉の更に北方に、宗教都市の《シエララ》の町があるらしい。


 《ラング領》は、さすがの田舎だ。

 そこまで、行かなくては北側に町がないんだな。

 遠すぎて、一生訪れることはないだろう。


 太陽が西側に大きく傾いたのを見て、僕達は野営の準備にはいった。

 テントを張って、夕食の準備を始める。

 野営の場所は、小さな泉の周り形成された、大きめの林の側だ。

 川は近くにないので、長い旅をした伏流水が、ここで地表に現れたのだろう。 

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