第467話 北方面へ巡察に行く

 偶然の作用もあって、《ラング領》は発展を続けている。


 しかし、《ラング川》の向こう岸、北方面は、全くの手付かず状態だ。

 そのため、北方面を何とか出来ないか、と言う声があがっているらしい。


 僕はどうでも良いし、少しずつでも発展しているなら、万々歳(ばんばんざい)だと思っている。

 だって、疲れるのは嫌じゃないか。勘弁して欲しいよ。


 でも、重臣達はそうじゃなかった。

 こいつらに、余裕が出来るのも考えものだな。


 人間は良くなったら、さらに良くなることを、追い求める生き物だ。

 際限がない。欲望の塊だ。


 もっと、足(た)りるを知ろうよ。余暇(よか)を楽しもうよ。

 おっぱいや、お尻をもっと、揉もう。人工増にも繋がるからさ。


 はははっ、僕の主張は一笑にされて、北方面へ巡察に行くことになってしまった。

 それも、直ぐにだ。

 〈リク〉が、そろそろ王都へ帰るので、護衛がいる間に実行しようと言うことらしい。


 はぁ、《ラング》では、領主の都合より、親衛隊長の都合を優先するのか。

 優先順位が、悲し過ぎるだろう。



 《ラング川》は、谷の底にあるから、渡るのも一苦労だ。


 川の岸に、大きな杭を打ちつけて、まず支柱を立てた。

 そこに、極めて丈夫な縄を括(くく)りつけている。

 この縄は、《黒帝蜘蛛》の糸袋から取り出した糸を、何重にも撚(よ)ったものだ。


 そして、降ろした川船にその縄を繋いだら、あら不思議、川船が対岸に着いてしまった。

 えっ、どういう物理法則なんだ。


 「若領主、知らないかぁ。案外、もの知らずだょ。船頭の常識だぜ」


 くそっ。船長が、頭の悪い子へ教えてあげる感じで、上から目線で言いやがる。

 非常に腹立たしい。


 凧(たこ)と同じ原理らしい。

 船の横側の、少し重心を外した真ん中当たりに、縄を繋ぐとこうなると言うことだ。

 川の流れが、風の代わりになって、凧なら上空へ行くところが、船の場合は対岸に向かうらしい。 


 川の対岸が、空なのか。ちょっと、しっくりこないな。


 まあ、それは良いけど。船長のニヤニヤした顔が、非常に不愉快だ。

 そのいやらしい顔を、《ラング川》に十分間つけておきたいな。


 実証実験が終わったので、川船に杭と縄を積んで、対岸にも支柱を立てた。

 それはそうだ。向こうにもないと、行った切りになってしまう。


 《ラング川》は、泳いで渡るには適していない。

 水量が大過ぎるし、崖(がけ)を登るのも大変そうだ。


 「御子息様。あっ、すいません。御領主様、両岸に支柱が立ちましたので、縄を渡して、渡船(とせん)が可能になりました。これは、極めて丈夫な《黒帝蜘蛛》の糸が、あって初めて出来ることです」


 木工細工をしている〈コィジャ〉の、僕に関する情報は何年前なんだよ。

 水車を作った時から、止まっているんじゃないか。


 まあ、それは良いとして、《ラング川》の「渡し」が出来たのか。

 思ったより簡単だったな。


 《黒帝蜘蛛》の糸が、あり得ないほど、軽くて丈夫過ぎるためだろう。

 何と言っても、魔獣だからな。常識が通用しないんだろう。


 それにしても、この渡しが出来たのは、結構重要なことの様な気もする。

 今、渡る人はいないけど。今後、すごいことに、なるかも知れない。

 そんな気もするな。分からんけどな。


 北方面巡察隊のメンバーは、七人だ。

 今回は、ほんの触りだけ巡察するので、少数となった。


 当然、僕の意向もある。本格的な調査や探索は、僕抜きでやれば良い。

 今回は、象徴的に、僕が駆り出されただけだ。

 手付かずの北の大地に、領主がまず一歩踏み入れた、と言う状況が欲しいのだろう。


 重臣達の思惑(おもわく)は、どこにあるのか、少し気になりはする。

 だけど、夏休みを楽しむ方が、百倍大切なことだ。

 ちょこっと歩いて、早く終わらそう。


 でも、一泊はするらしい。日帰りでは、遠足だと言われたよ。

 むっ、遠足の何が悪い。おやつは、五百円までがいけないのか。

 それなら、倍の千円にしてあげるよ。太っ腹だろう。


 メンバーのうち護衛は、〈リク〉と〈ハパ〉先生だ。

〈ハヅ〉は、まだ少し心が回復してないし、頼りないから今回は外した。

 北方面にも、魔獣がいるかも知れない。何て言っても、未開の地だからな。


 そして、農業と商売の可能性を探るために、農長と御用商人の〈クサィン〉が同行している。

 両者とも、奥さんの方がしっかりしているけど、奥さんは忙し過ぎて来れない。

 妥協(だきょう)の人選だ。


 そして、メインのメンバーは、〈クルス〉に決めた。

 何がメインかと言うと、僕から見たメインだ。

 面白味が何もない巡察だが、隙をみてイチャイチャしようと思う。


 最後の一人は、薬師の〈ドレーア〉さんだ。〈ドリー〉の母親で、《ラング》一薬草に詳しい人だと思う。

 僕のメインは〈クルス〉だけど、今回の巡察のメインは、この人かも知れない。

 植生が違う未到地だから、珍しい薬草が、採取できる可能性が高い。


 それもあって、〈クルス〉をメンバーに入れたんだ。

 〈ドレーア〉さんに、薬草のことを教えて貰っているし、学舎の知識も生かせるからな。

 決して、おっぱいを揉むためだけに、メンバーに入れたのではない。


 川船に積んでいた梯子(はしご)を登って、北方面の大地に第一歩を印(しる)した。

 もうこれで良いんじゃない。帰ろうよ。

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