第464話 英雄の凱旋

 城門が左右に開かれて、僕達は町の中へ、堂々と進んで行く。

 三十本の槍は、一斉に空に掲げられて、夕日にキラキラと煌(きら)めいている。

 もちろん、挿した時の土の汚れは、丁寧に拭きとってあるぞ。


 荷車には、巨大な《黒帝蜘蛛》と夥(おびただ)しい子蜘蛛が、禍々(まがまが)しく鎮座(ちんざ)している。

 狩人の親子には、貴方達が正しかったと、後で謝っておこう。


 先頭には、厳めしい顔を作った〈ハヅ〉が、真直ぐ前を向いて、足を高く上げて歩いている。

 風にはためく旗が、《黒帝蜘蛛》の体液で汚れているのも、奮闘を物語っているようだ。

 町の人達は、パニックになって、〈ハヅ〉が取り乱したことを知らない。

 中々、かっこ良く見えるんじゃないかな。


 道の両側には、町の人達が集まって、僕達を歓声で迎えてくれている。


 気を利かした、門の衛兵が、大声で触(ふ)れ回ってくれたらしい。

 城門の前で、陣形を組み直したのは、正解だったな。

 触れ回る時間も、稼(かせ)ぐことが出来た。


 《黒帝蜘蛛》を見て、「大きい」「あれが魔獣か」「良く討伐出来たな」と、自尊心くすぐる声が聞こえてきた。

 子蜘蛛の塊を見て、「怖い」「気持ちが悪い」「あんな沢山いたの」と、女性達の悲鳴交じりの声も聞こえてくる。


 僕達は、英雄の凱旋のように、賞賛の声に包まれて、館の方へ歩みを進める。

 〈ハヅ〉も兵士達も、内心は、心地良い高揚感で一杯なんだろう。

 真面目な顔つきが少し緩んで、口角が下がっているぞ。


 僕は沿道の人に、笑顔で手を振りながら、ゆっくりと歩いていた。

 《黒帝蜘蛛》くらい何でもないと、余裕をぶちかまして、領主の威厳を見せつける好機だ。


 ただ、その笑顔も館の直ぐ前で、一変してしまった。

 泣いている〈プテ〉を囲むように支えた、許嫁達がキッと僕を睨(にら)んでいるんだ。


 あっ、〈ハヅ〉はヒルのせいで、軍服は血で真っ赤だったな。

 剥(は)がしきれなかった《黒帝蜘蛛》の糸も、かなり着いているぞ。


 〈プテ〉と許嫁達は、〈ハヅ〉が《黒帝蜘蛛》に、大きな怪我を負わされたと、勘違いしているんだろう。

 〈ハヅ〉の身体は、《黒帝蜘蛛》に傷つけられてはいない。

 心は、少し危ない気もするが。


 いづれにしても、〈ハパ〉先生の洗脳が解けた瞬間だ。


 うーん、この後の展開が怖いな。

 僕の笑顔は、凍り付いて引きつったものに、変ったよ。


 館の前の庭で、《ラング軍》精鋭部隊は、解散となった。


 「諸君は、困難な目標を、完璧に達成してくれた。君達は、今や《ラング》の誇りだ。充分な期間の休暇を約束しよう。臨時手当も弾ませて貰うぞ」


 やっぱり僕は、お金をばら撒く係なんだ。


 兵士達と〈ハヅ〉が、「わぁー」と雄叫びをあげて、夕闇の町に解放感が広がっていった。

 ただ、僕はこれから、どうなるんだろう。解放とは、程遠いことになるんだろうな。


 〈プテ〉が、〈ハヅ〉に「いゃー」と泣きながら、抱き着いている。

 〈ハヅ〉は、目が点になっているな。

 そりゃそうだ。着いている血は、ヒルが原因だからな。

 泣かれるとは、思ってもいなかったんだろう。


 思ってもいないのは、僕も同じだ。

 許嫁達に、部屋へ強制的に連行されてしまった。


 お腹はペコペコだし、汗も気持ち悪いんだ。

 話し合いは、後じゃダメかと申し出たら、涙目で拒否された。


 小細工しても仕方がない。僕は何も悪くない。

 悪いとしたら、〈ハパ〉先生だろう。


 ただ、《黒帝蜘蛛》の軍団が、将来、町を襲う可能性はあったと思う。

 魔獣は、自分の縄張りを出て行くことは、ないらしい。

 しかし、あの子蜘蛛達が住処を求めて、森を出ていく可能性は高い。

 親と競合するのを避けて、エサになる人間が、沢山いる場所を目指すだろう。

 それなら、町の危機を、未然に防いだことになる。


 僕は正直に、今回の《黒帝蜘蛛》の討伐を、許嫁達へ順を追って、話して聞かせようと思う。

 まずは、血の誤解を解いておこう。


 「〈ハヅ〉の血は、ヒルを強引に、剥がしたせいなんだ」


 「ひぃー、ヒルがいたのですか」


 〈アコ〉が、ドン引きしているぞ。顔が引きつっている。


 「うん、枝の上に沢山いたよ」


 「〈タロ〉様は、噛まれ、なかったの」


 〈サトミ〉が、心配そうに聞いてくる。


 「僕は、大丈夫だと思うよ」


 「いけません。今から確かめます」


 〈クルス〉が、有無を言わせない感じで、強制してきた。


 許嫁達が、パッと散って、準備を始めたようだ。

 僕は、部屋でボーと座っていた。思った以上に、疲れているんだろう。


 許嫁達が、部屋に戻ってくると、すぐさま、お風呂に連れて行かれた。

 手早く服を脱がされ、僕は丸裸だ。許嫁達は、スリップ姿になっている。


 僕は、身体をくまなく調べられた。

 あそこの裏側も、手で持ち上げられたんだ。

 あぁ、僕の尊厳が、悲しいことになっている。


 あまり触らないで、と言う僕の苦情は、全く無視された。


 「ふぅー、ヒルは、いませんでしたわ」


 「〈タロ〉様、良かったね」


 「虫に刺されていますので、お風呂上りに薬を塗ってあげます」


 それから、身体を入念に洗われて、恥ずかしい状態になってしまう。

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