第463話 俺と蜘蛛

 もう良い大人で、結婚もしているのに、こんなことで泣くなよ。

 恥ずかしいな。


 それから、大蜘蛛の毒にやられて、自分で歩けないと、我儘(わがまま)も言い出したんだ。

 板だけなら、荷車に積むことも出来たんだが、《黒帝蜘蛛》を運搬するから無理だと思う。


 そうしたら、「俺と蜘蛛と、どっちが大切なんですか」と聞かない方が良い質問を、してしまいやがったんだ。


 僕も〈ハパ〉先生も兵士も、皆、黙りこくってしまうよな。


 狩人の親子が、何かを言おうとしたのを、間一髪で〈リク〉が遮(さえぎ)って、最悪を防いでくれた。


 「先輩、心配はいらないです。私が背負って差し上げますよ」


 スキルが第二段階に進化したんだ。素晴らしいことじゃないか。

 少しくらいの行き違いは、もう水に流せよ。

 皆、〈ハヅ〉のことが好きなんだ。本当だよ。



 帰りの進行速度は、酷い有様だ。


 荷車には、大量の板と大蜘蛛と子蜘蛛が、山のように積まれている。

 その荷車は、三十人の兵士の頑張りで、何とか動いている状態だ。

 皆、引っ張るか押すかして、大汗をかいていた。


 〈リク〉は、〈ハヅ〉を背負っているが、背中の〈ハヅ〉がすこぶる五月蠅い。


 「俺は生贄(いけにえ)にされた」

 「捨てられたんだ」


 と泣き言をグダグダと言い続けている。


 狩人の親子は、荷車から零れ落ちた子蜘蛛を、拾い上げるのにかかり切りだ。

 こちらも、大汗をかいて、動きまくっている。


 〈ハパ〉先生と僕は、山鉈で邪魔な枝や蔓を切る役割だ。

 荷車が山積みなので、来た時より、通れるように空間を広げなくてはならない。


 何回も、荷車の進行を枝や蔓に阻(はば)まれて、その都度大幅な時間のロスが生じている。


 「跳び上がって、蔓を切るのは、良い訓練になりますね」


 〈ハパ〉先生は、爽(さわ)やかにおっしゃった。

 僕はそれを、完全に無視している。いい加減、つき合い切れないんだ。


 「〈ハパ〉先生、お昼ご飯はどうなるんです」


 「ははっ、忘れていました。しかし、一食抜いたところで、何の問題もありません」


 これは、絶対に確信犯だ。

 荷物を軽くするために、初めから用意しなかったのだろう。


 まあ、良いか。

 ついさっき、グロい光景を見たので、食欲はあまりない。

 思い出したら、吐く可能性が高いと思う。特に佃煮なんかは最悪だ。


 兵士達も、そうらしい。昼食より、早く町まで帰り着きたいんだろう。

 一心不乱に、荷車をただ押して、引いている。

 その気持ちに、涙が出そうだ。



 《ラング》の町へ、帰り着いたのは、もう夕日が沈む頃だった。


 僕はもうヘトヘトで、だらしなくトボトボと歩いている。

 腕も上がらなく、背も丸めて疲労困憊状態だ。


 兵士達と狩人の親子も、体力の限界なんだろう。

 運んでいると言うより、荷車に寄りかかっているって感じだ。


 〈ハヅ〉は、〈リク〉の背中で、まだグズグズと泣いている。

 心が崩壊していたら、この後の処遇が邪魔くさくなるな。


 背筋をピーンと伸ばして、〈ハパ〉先生一人だけは、颯爽と歩かれている。


 「〈タロ〉様、もう町が見えてきましたよ。《黒帝蜘蛛》なんか、簡単だったでしょう」


 あなた、ねぇ。「なんか、簡単」ってなんですか。

 僕は、薄笑いを浮かべることしか、出来なかったです。



 《ラング》の町の真新しい城壁が、茜色の夕日で、暖かく染まっている。


 僕達は、幾多の試練を乗り越えて、待っている人がいるこの場所へ、帰って来れたんだ。

 それだけで、とても幸せだと感じられる。


 僕達のこの冒険が、大したことはないと、言う人がいると思う。

 でも、そうじゃないことを、この仲間達は知っている。

 ここにいる者達は、恐怖を克服して、魔獣に挑(いど)んだんだ。

 死の恐怖に怯(おび)えながら、困難な任務を成し遂(と)げたんだ。


 町の人達が、この夕日のように、暖かいことを願おう。


「諸君、一旦行軍を停止する。陣形を整えて、町へ凱旋(がいせん)するぞ」


 僕も領主の端(はし)くれだ。

 このままの状態で、町へ帰るわけにはいかないと、気づいたんだ。

 偉いだろう。


 「はっ、ご領主様、了解いたしました」


 《ラング軍》の精鋭は、朝、出発した陣形に整列した。


 〈ハヅ〉も〈リク〉の背中から、モソモソと降りてくる。


 「〈ハヅ〉、お前が先陣を務めたんだ。旗を勢い良くはためかせ、胸を張って殊勲(しゅくん)を見せてやれ」


 「俺が、先頭なんですか」


 「そうだ。〈ハヅ〉が一番槍なんだ。功績、第一だよ」


 うーん、一瞬で糸に絡まったから、攻撃は出来ていないよな。

 ただ、討伐の肝(きも)であったのは、間違いない。

 立派に、おとりを務めたと言えるだろう。


 何にもしていないと思えるが、《黒帝蜘蛛》の正面に立ったことだけで、一番の功績だと思う。

 他の兵士も、疑問の顔をしていない。

 《黒帝蜘蛛》の暴力的な恐怖を、共有しているからな。


 〈ハパ〉先生と〈リク〉も、微笑んでいるから、同じ思いなんだろう。


 「《ラング軍》精鋭部隊。胸を張って、行進始め」


 〈ハヅ〉の大きな声で、行進が始まった。

 自信に溢れて、声に張りが出てきている。

 少し褒めたら、もうこんな調子だよ。


 こんなに感情の起伏(きふく)が、激しいのは、どうなんだろう。

 心配になるよ。

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