第462話 闇に帰せ

― ブリュッ  ―


 えぇー、割れた。

 何で。


 《黒帝蜘蛛》の太い腹が、パッカリと割れていた。

 割れた所が、何やら蠢(うごめ)いているのが見える。


 グニュグニュ、シャリシャリ、ジュルジュル、ゾリゾリ、カシャカシャ。


 兵士達は「ギャー」「ゲェ―」と口々に叫んでいる。

 あぁー、何てことだ。子蜘蛛がワラワラと、腹の中から、湧き出しているが見える。


 僕も「ギャー」と叫んで、茫然と立ち竦(すく)んでしまう。

 僕の精神が、現実に見えるものを拒否しているだと思う。


 母蜘蛛の潰れた内臓が、張り付いている沢山の子蜘蛛は、恐怖でしかない。

 人間を根源から、怖気(おじけ)させる光景である。


 ワラワラと子蜘蛛が、腹を突き破って湧き出すのは、太古の忌まわしい記憶なんだろう。

 人間が原始の時、虫の苗床(なえどこ)にされて、苦痛と絶望を味わったことが、あるのだろう。 

 きっとそうに違いない。


 筋肉と脂肪を栄養にした幼虫が、皮膚を食い破って、ゾロゾロと這(は)い出してくる場面を、悲鳴を上げながら見せられたのだろう。


 虫の卵が、瘡蓋(かさぶた)の中で、薄青く光っているのを見つけて、戦慄(せんりつ)した過去があるはずだ。


 きーぃ、怖過ぎて、心がどうにかなってしまう。


 「早く。子蜘蛛を。今直ぐ、子蜘蛛を闇に帰せ」


 僕は大声で、良く分からないことを叫んでいたようだ。


 硬直していた兵士達が、槍を構えて、子蜘蛛達を包囲し始めた。

 どうも、僕の叫びを指示と思ったらしい。

 〈ハパ〉先生と〈リク〉は、子蜘蛛達に踊りかかっている。


 「ふむ、孵化(ふか)したては、身体がまだ硬くはないですね。〈タロ〉様も、試してみてください」


 「これでしたら、槍と剣で何とか出来ますよ、ご領主様」


 えぇー、謹んでご辞退申し上げます。


 少し冷静になったから、子蜘蛛達を観察すると、どこか一点を目指しているように見える。


 「子蜘蛛達は、どこに行こうとしているんだ」


 「ほぉ、〈タロ〉様、親が用意してくれたエサを、目指しているようですね」


 「なるほど。ご領主様、繭ですよ。繭に包まれているのが、エサなのですね」


 ひゃー、子蜘蛛達が進む先には、糸でグルグル巻きの〈ハヅ〉が横たわっているぞ。

 〈ハヅ〉はすごいや。身を挺(てい)して、僕達の身代わりをしてくれているのか。

 拝(おが)んでおこう。


 それから、《ラング軍》の精鋭は、子蜘蛛達を順番に討伐していった。

 僕も、近づき過ぎないように、何度か子蜘蛛に剣を突き刺した。

 グチャッとした手ごたえが、とても気持ち悪い。

 〈ハパ〉先生と〈リク〉が、断トツで討伐している。


 でも、〈ハヅ〉の動きがすごい。

 子蜘蛛に噛まれて、目を覚ましたのか、旗竿を狂ったように振り回している。

 良く旗を持っていたな。それにしても、鬼気迫る奮闘ぶりだ。


 バーサーカー(狂戦士)ってヤツだな。

 糸に絡まったままなのに、良く動けるな。必死だよ。

 何が〈ハヅ〉を、ここまでさせるのだろう。


 子蜘蛛達は三十匹ほどいたが、何とか全滅させることが出来た。


 ふぅー、何とかなったな。

 子蜘蛛達が成体に育ったら、森の動物が駆逐されるだけでなく、《ラング》の町にも押し寄せてきただろう。

 考えただけで、また原始の悪夢が、蘇(よみがえ)ってきそうたよ。


 ゾワゾワとした寒気(さむけ)が、止まらないので、早く帰って許嫁達に温めて貰おう。

 人肌が良いな。



 行きは、怖いが、帰りは、良いよい、だと思っていた。

 もう《黒帝蜘蛛》と、その子蜘蛛達を討伐したのだから、普通はそうなると思う。

 でも、現実は違っている。


 狩人の親子が、《黒帝蜘蛛》と、その子蜘蛛達を持って帰るときかないんだ。

 何でも、《黒帝蜘蛛》の亡骸(なきがら)は、高価な素材になるらしい。

 滅多(めった)なことで、出回らないので、莫大(ばくだい)な利益を生むと怒られた。


 外殻は軽い防具を作るのに最適で、糸袋からは強靭(きょうじん)な糸が、得られると言うことだ。

 内臓さえも、秘薬の原料にされると喚(わめ)いていた。


 硬くて加工は無理じゃないかと、疑問を呈(てい)したら、強酸で溶かせば可能だと反論されてしまった。

 酸か。外殻は酸に弱いのか。

 強酸を持ち歩くのは、「石鹸もどき」より少し危険だから、攻撃手段には使えないな。


 〈ハパ〉先生の「案内をして貰ったのだから」と言う一言で、持って帰ることに決まった。

 荷車があるし、兵士も怪我はしてないので、何とかなるだろう。


 それと、僕以外の全員のスキルが、第二段階に成長したようで、それが少しプラスに働くと思う。 

 荷車を運搬する力が、増えたってことだ。

 《強手》や《強足》のスキル持ちが、多かったのも幸いだった。


 〈ハパ〉先生が珍しく、「身体の中で、大きく膨れるような感覚を覚えました。不思議な気分です」と吃驚されていたのが印象に残った。

 兵士達も〈リク〉も、第二段階に成長したのを、「おぉ」と感動していたようだ。


 第二段階に進んだはずなのに、一人だけ、感動から取り残された、可哀そうな人がいる。

 それは、〈ハヅ〉と言うヤツだ。延々とゴネてやがる。


 糸に絡まれたまま、放置したのが、気に入らなかったらしい。

 先陣で勇気を奮(ふる)ったのに、あんまり冷た過ぎると泣き出したんだ。


 冷たくはしてないよ。忘れていたんだ、と正直に言ったら、もっと大声で泣き出す始末だ。

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