第461話 腹を一発

 さらにヤバイことが始まった。


 大蜘蛛が、また糸を吐き出し始めたんだ。

 〈ハパ〉先生に向かって、シュッシュッと、糸を吐いている。


 こりゃもうダメだと、思ったが。

 信じられないことに、〈ハパ〉先生は、糸を避けている。

 スキルもないのに、どう言うこと。

 二本の足と吐き出す糸を、同時に相手をしているんだ。

 〈ハパ〉先生は、超人だな。人間じゃねぇな。


 「〈タロ〉様、〈リク〉卿、少し厳しいので、腹を一発刺してくださいよ」


 はぁー、〈ハパ〉先生は、冷静に無茶を言われるよ。

 腹に刺そうと思ったら、足を潜って行くしかないじゃないか。

 片側で、三本もあるに、そんなの無理だよ。無謀だよ。


 それでも、僕は大蜘蛛の足に切りつけた。

 魔獣の相手を、〈ハパ〉先生一人に、押し付ける訳にはいかない。

 大蜘蛛の反対側では、〈リク〉も奮戦しているみたいだ。


 ただ、三人で囲んでも、とても狩れそうにない。


 はぁー、外殻(がいかく)が硬過ぎるんだ。

 有効な攻撃が出来ない、徒労感(とろうかん)もあって、もう疲れたよ。


 僕だけなら、スキルで逃げられると思う。

 〈ハパ〉先生と〈リク〉も、何とか出来る感じだ。

 しかし、後の人は助かりそうにない。〈ハヅ〉は、もう半分ダメみたいだしな。

 

 もう少し、頑張ってみよう。 

 僕は、三本の内、真ん中の足を狙って切りつけた。

 手が、痺(しび)れるほど硬い。


 それに、〈ハパ〉先生と戦っているのに、隙あらば、僕に反撃をしてくるぞ。

 なんだコイツは。そうか、魔獣か。複数の脳でもあるのかよ。

 それでも、何とかしないといけない。このままじゃ、ジリ貧となるだけだ。


 僕は関節を狙って、切りつけやることにした。

 これには、大蜘蛛もマズイと感じたんだろう。

 本格的に、僕の邪魔をしようとし出したんだ。

 後二本の足を使って、鋭い攻撃をし始めた。


 でも、三方からの攻撃を同時に受けているので、正確性はそれほどではない。

 何とか二本の足を、剣で捌くことは出来ている。


 それと副次的な効果として、大蜘蛛の動きが止まり始めた。

 僕を攻撃するために、片方の二本の足を使っているので、動くことが出来ないようだ。

  動きがなくなったので、〈ハパ〉先生にも余裕が生まれたと思う。

 

 大蜘蛛に隠れて見えないけど、〈リク〉も頑張っているのだろう。

 足の関節に、強烈な一撃をお見舞いされているようで、大蜘蛛の動きが、さらに鈍くなっていく。


 動きが止まったのを見逃さず、兵士達が、板で再度大蜘蛛を囲むことが出来た。

 板で押さえつけられた、大蜘蛛に、「石鹸もどき」がバシャバシャとかけられている。

 泡も、ドンドン発生しているようだ


 頼むよ。今度は、上手く行ってくれよ。何に祈ろうかな。


 「板を結んであった太縄で、《黒帝蜘蛛》を固定してください」


 〈ハパ〉先生が、僕の方を見ながら、小さな声で呟いた。


 「この指示を忘れてましたよ。はははっ」


 あぁ、笑うことなんかじゃないよ。いい加減にして欲しい。

 僕はその場で、崩れ落ちてしまった。


 「槍を斜めに地面へ刺して、板を固定してください」


 槍の出番は、これなのか。


 三十本の槍の杭と、何重にも張られた縄と、三十人の兵士に押さえつけられて、《黒帝蜘蛛》の固定は確実に完了した。


 今は、大量の泡に包まれて、ピクピクと痙攣(けいれん)を始めている。

 最初から、縄と槍を使っていたら、簡単だったんだ。


 〈ハパ〉先生は、忘れていたと言ってたが、本当なのかな。

 〈ハパ〉先生が、こんなことを忘れるなんて、想像出来ないぞ。


 《黒帝蜘蛛》のピクピクが、激しさを増していく。

 最後の足搔(あが)き、なのかも知れない。

 いくら魔獣と言っても、胸にくるものがあるな。


 《黒帝蜘蛛》が、最後に大きくビクンと跳ねた。

 そして、もうピクリとも動かない。


 やっと、この大蜘蛛退治も終わったか。

 途中、逃げようと考えたし、ヤバイ場面もあった。

 しかし、終わってみれば、あっけないものだった。

 こちらの犠牲者は、誰も出なかったから、完璧な勝利だな。


 うーん、一人いたか。


 〈ハヅ〉は、まだ繭の中だ。

 指示を忘れていたから、誰も助けなかったのか。

 兵士は、指示待ち人間で良いと思うけど、これは酷いな。

 〈ハヅ〉は、兵士から人望がないのだろう。誰も「どうします」と聞いてこなかった。

 まあ、聞く前に助ければ、良いだけでもある。


 まあ、いいや。ほっとこ。


 〈ハヅ〉のことは、後で考えるとして、この《黒帝蜘蛛》の死体はどうするんだ。

 埋めるのかな。穴を掘るのが大変だ。

 〈ガリ〉がいたら良かったのに、と考えていると。


 ― ザワザワ ―


 僕の精神の中で、何かが、毛を逆立てている感じがしてきたぞ。

 うーん、何か起こりそうだ。


 すると、《黒帝蜘蛛》の太い腹が、ウネウネと動き出し始めた。


 えっ、まだ生きているの。

 そんなことは、ないと思うし、ウネウネとしているのは、腹だけだ。

 何か良くないことのような、気しかしないぞ。


 〈リク〉も兵士も、固唾(かたず)を呑んで、大蜘蛛の腹を見詰めている。

 〈ハパ〉先生は、目を細めて推移を見守っているようだ。

 一部の隙もない感じだ。これはただ事じゃないぞ。

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