第458話 意気揚々
僕の身体を、小突(こづき)き回して、遠慮なく罵声(ばせい)を浴びせてきたんだよ。
僕は、一方的な被害者なのに、何の慈悲も与えられないのか。
それは、おかしくないのか。あんまりだと思う。
「あんな目に遭ったのに、オツムにウジが湧(わ)いているの」
「危険なことはしないと、誓いましたよね。約束を破るのですか」
「領主なのに、何をやっているのかしら。威厳(いげん)が、なさ過ぎますわ」
などなど、情け容赦なく僕の心を抉(えぐ)ってくるんだ。
僕は正直に、〈ハパ〉先生からの強制だと伝えた。
とても怖くて、〈ハパ〉先生に逆らえないことも、真摯(しんし)に話したんだ。
僕の言訳を聞いた許嫁達は、プリプリ怒って、〈ハパ〉先生の元へ直談判に向かったようだ。
捨て台詞で、「情けない」って言われたよ。泣くしかないよな。
ところが許嫁達は、〈ハパ〉先生の話を聞いて、納得して帰って来たんだ。
えぇー、何でだよ。
どの辺が。納得出来る話なんだ。何を言われたら、そうなるんだろう。
摩訶不思議としか思えない。
〈ハパ〉先生は、本当に怖いお人だ。簡単に、人を洗脳出来るに違いない。
もう、〈ハパ〉先生に逆らえる人はいなんだ。
絶望が、僕の心を真っ黒に染めて、奈落の底に突き落とすよ。
泣くしかないよな。
誰でも良いでしゅから、〈ハパ〉先生を止めてくだちゃい。
でも、華々しく勢揃(せいぞろ)いした《ラング領》の一軍は、止まらなかった。
町の人々は、「おぉ、勇ましいぞ」「ここに《ラング軍》の勇姿が極まった」とか、適当なことを抜かしてやがる。
大勢集まって、珍獣が珍道中を繰り広げるのを見るような、物見遊山(ものみゆさん)な気持ちなんだろう。
けっ、《黒帝蜘蛛》を目の前にして、笑ってみろよ。出来ねぇだろうが。
それなら、可哀そうな僕達を見て、嬉しそうに笑うのは止めてくれよ。
頼んます、僕達はもう一杯一杯なんですよ。
おまけに、許嫁達は微笑ながら、僕に手を振っている。
はぁー、婚約者が死地に赴(おもむ)くのに、どうして笑っていられるんだ。
もう僕は、ここへ帰って来なくて良いって、ことなのか。
《ラング領》軍の中で、見送りの人達に手を振っているのは、〈ハパ〉先生ただ一人だ。
これを異常だと、なぜ気づいてくれないんだ。
〈ハヅ〉に至っては、満面の笑みの新妻〈プテ〉に向かって、涙を流しているぞ。
悲しそうな顔を、して欲しかったんだろう。
掲げている軍旗が、しょぼくれて、巻き付いてしまったままだ。
そりゃ、そうなるよな。
僕達は真新しい鎧を着用して、華々しく勢揃いしたのは良いが、持っている物がいけない。
剣ではなくて、槍を装備しているのは、何も問題がない。
魔獣相手には、槍の方が有効だし、長い槍は強そうでかっこ良いと思う。
問題は、後二つの物だ。
一つ目は、大量の大きくて厚い板である。
〈ハパ〉先生が話されていた、《黒帝蜘蛛》への防御に使用するんだろう。
何となく使い方は、想像出来るけど、軍に板は似合わないな。
全く強そうじゃない。どっちかと言うと、大工さんの集団見える。
ピカピカの鎧を着た大工さんか。仮装行列にしか見えない。
笑かしてくれるな。
現に見送りの人の中に、指を指して笑っている人もいるぞ。
これから死地に飛び込むのに、笑われるって、あまりに悲惨過ぎると思う。
二つ目の問題は、色々な問題を秘めた「石鹸もどき」である。
形状の気持ち悪さも、匂いも、運搬の難しさも、問題の山積み状態だ。
石鹸として使用しないから、薄荷(スペアミント)は入れていない。
だから、匂いが強烈だ。
「石鹸もどき」を入れた桶を持っている兵士達が、顔を背(そむ)けている。
おまけに、満杯に入れているから、歩く度にチャポンチャポンと零れ出しているようだ。
ピカピカの鎧に、泡が沢山ついているぞ。
鼻の頭へも泡がついて、ピエロのように見える。
見送りの人達も、クスクスと笑っているようだ。
これは晒(さら)しものだよ。とてもじゃないけど、可哀そうで見てられない。
それで僕は、全く行きたくはないけど、出発を早めさせたんだ。
桶を持っている兵士達が、僕の方を見て、頭を下げていたよ。
鼻についてる泡が、その拍子(ひょうし)に口まで落ちて、蟹のようになっていた。
でも、僕は笑いはしない。頭を下げて、必死に堪えたんだ。
「ふっふっ、〈タロ〉様も、ようやくやる気になられましたね」
はぁー、〈ハパ〉先生には、もう何を言っても無駄だと思う。
《ラング軍》の精鋭は、城壁の前から行進を始めて、農場の近くで一旦止まった。
農場から、荷車を数台借りてきたようだ。
えぇー、それなら、初めからそうしてやれよ。
「石鹸もどき」を持っている兵士達が、顔を真っ赤にして、プルプルと震えているぞ。
《黒帝蜘蛛》への恐怖によって、作戦の伝達等に、支障をきたしているらしい。
軍の練度に不安が生じたが、《黒帝蜘蛛》への恐怖のせいであるなら、しょうがないと思う。
《ラング軍》の精鋭は、板と「石鹸もどき」を荷車に搭載して、意気揚々(いきようよう)とは行進を始めなかった。
行進はしているが、行く先には《黒帝蜘蛛》が待っているんだ。
足取りは、極めて重い。まるで、葬式行列のようだ。
表情が暗くて、哀しみに満ち溢れている。
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