第457話 恐怖の大魔王

 〈ハパ〉先生の恐ろしい一面が、今日、また露(あら)わになった。


 以前から、どこもかしこも萎縮(いしゅく)する、畏怖心(いふしん)を抱(いだ)いてはいたんだ。

 だから、僕のあそこも、縮こまってしまったと思う。チビチビだよ。


 はぁー、あそこのことは、もう諦(あきら)めて、〈ハパ〉先生の恐怖に戻ろう。

 恐怖の大魔王であらせられる、〈ハパ〉先生は、〈ハヅ〉と僕と兵士達に、恐れを撒き散らしてくださった。

 〈リク〉は無言で、どう思ったかは不明だ。


 あぁー、今この時、《ラング領》は、滅亡の危機に瀕(ひん)していると言っても過言じゃない。

 特に、先陣を仰(おお)せつかった〈ハヅ〉は、顔面蒼白となり、ガタガタ震え続けていた。

 絶対にチビッていたはずだ。


 くそっ、僕が余計なことを、言わなければ良かった。

 〈リク〉に、口止めを、もっと厳しく言っておけば良かった。

 あぁー、それもこれも、全て後の祭りだ。


 一度言い出した、恐怖の大魔王を、誰も止めることが出来ない。

 領主の僕でさえ、止められないのは、絶対おかしいよね。


 〈ハパ〉先生に、ついていくことは、今日を限りに止めよう。

 とてもじゃないけど、ついていけない。命が、幾らあっても足りない。


 〈ハパ〉先生は、僕から「石鹸もどき」の話を聞いて、ハッと思いついたらしい。

 《黒帝蜘蛛》を狩ることが出来ると。

 えぇー、何を考えているんだ。バカなのか。狂っているとしか思えない。

 僕は、そんなつもりで、話したのではない。ほんの雑談だったんだ。

 どうか、僕の潔白(けっぱく)を信じてください。


 「〈タロ〉様、狩人が森の奥へ行けないで、困っている話はご存じでしょう」


 「あぁ、結構前に聞いたな。領地の巡察へ、行った時だったと思う。森の奥には、蜘蛛型の魔獣が出ると、執事の〈コラィウ〉が説明してくれたはずだ」


 「その通りです。その蜘蛛型の魔獣が、《黒帝蜘蛛》なのですよ」


 はぁ、「《黒帝蜘蛛》なのですよ」とドヤ顔で言われても、それがどうしたとしか思わないよ。

 森の奥には、決して近づかないと思うだけだ。

 《黒帝蜘蛛》と人間が、住み分けをしているんだろう。

 それで良いじゃないか。何が問題なんだ。狩人の人には、我慢して貰おうよ。

 違う仕事を、斡旋(あっせん)してあげるのも良いね。


 「〈タロ〉様に「石鹸もどき」の話を聞かせて頂き、《黒帝蜘蛛》を安全に狩る方法を思いつきました」


 えぇー、あんたな。こんなことを、涼しい顔で言うなよ。

 さも簡単に出来るように言うのは、完全におかしいだろう。

 詐欺師でさえ、もっとましな嘘をつくぞ。


 あの《黒帝蜘蛛》が、安全って、そんなはずがない。

 もうあの恐怖を、味わいたくはないんだ。


 「はぁー、《黒帝蜘蛛》を狩る。そんなの出来るはずがないよ」


 「ふっふっ、それが出来るのです。《黒帝蜘蛛》は、《赤王鳥》に比べれば、どうと言うことはありません。毒も弱いし、炎も吐かないのですよ」


 「あぁ、あの糸と跳躍をどうするんだ」


 「糸は板で防げます。これは昔からある方法です。ただ、止めをさす方法がなかったのです。それが〈タロ〉様で、解決したのですよ。素晴らしいことですね」


 「素晴らしい」って、ニコニコしながら言うなよ。

 こっちは、もう泣きそうだよ。


 誰か、〈ハパ〉先生を止めてくだちゃい。


 晴れ渡った青空の元、城門の前に《ラング領》の強者(つわもの)が集結している。

 精鋭の兵士三十人に、先頭で軍旗を掲げている〈ハヅ〉だ。

 〈ハパ〉先生は軍顧問で、〈リク〉は僕の護衛を務める。


 そして、僕は総大将として、後方に控える布陣だ。

 ふぅ、後ろで良かった。絶対に前にはいかないぞ。


 精鋭の兵士三十人は、武者震いのためか、小刻みに震えている。

 たぶん、《黒帝蜘蛛》が怖いからだと思う。僕と同じ意見だ。

 兵士達が、まともな人達で良かった。


 僕は兵士達に「めっちゃ怖いよね」と声をかけた。

 兵士達は「ご領主様も怖いのですか」と返事を返してくれる。


 「だって、《黒帝蜘蛛》だよ」


 「ははっ、そうですね。怖くて当たり前ですよね」


 「全く持ってその通りだよ。一回、攻撃したら直ぐ逃げようか」


 「はっ、一回攻撃したら、〈ハパ〉師範も納得なさるでしょう。ご領主様は、名君であらせられます。状況判断が素晴らしいですね」


 「〈タロ〉様、先陣の俺はどうなるの」


 〈ハヅ〉が、答えらえない難問を聞いてくる。


 「それは、〈ハパ〉先生に、何か方策があるんじゃないかな」


 「何かって、何です」


 「何かは、何かだよ」


 「その何かを教えてくださいよ」


 「僕は知らないよ。〈ハパ〉先生に聞けよ」


 「はぁー、〈ハパ〉先生に聞いたら、簡単に討伐出来るから、心配いらないと言われたんです」


 「うーん、簡単なのか」


 「俺は、どうすれば良いのでしょう」


 「うーん、祈るしかないな」


 「あぁー」


 〈ハパ〉先生が真に恐ろしいのは、許嫁達を、得心させたところにある。

 赤子の手をひねるように、簡単に、説得してしまったんだ。

 一生かかっても、僕には到底(とうてい)出来ない芸当だよ。


 僕は、黙っていたら殺されるので。

 《黒帝蜘蛛》の狩りに、連れて行かれると報告したんだ。

 そしたら、許嫁達は、当然だけど激怒してしまったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る