第455話 乾杯
他のお客は、まともだ。《ラング》は、大丈夫だと嬉しくなるな。
皆、このジジイに文句を言っている。黙っている人も、内心は怒っている感じだ。
このジジイは、以前から、相当嫌われていたらしい。
こんな性格では、そうなって当然か。
皆からの攻撃で、ド失礼なジジイは、顔を真っ赤にしている。
ブルブル手を振るわせて、怒っているようだ。
なんで、てめぇが、怒るんだよ。
「奥さんに、謝ってください」
〈マサィレ〉は、冷静に。しかし、断固とした口調で、謝罪を要求している。
「俺が、無理やり酌をさせたんだぁ。悪たれ口をたたくなら、俺にしろよぉ。奥さんに、今直ぐ謝れ」
船長も、謝れって言っているのは、奥さんの気持ちを考えたからだろう。
このジジイを、店から叩き出したところで、奥さんの心は晴れない。
心からの謝罪だけが、奥さんの心から、ネガティブな感情を拭(ぬぐ)い去ると思う。
だがこのジジイは、僕達を睨(にら)みつけて、反省の素振りも見せていない。
ここで、再び僕の出番が訪れたぞ。不死鳥のごとく復活だ。
このジジイに、きっちり引導(いんどう)を渡してやろう。
黄色いおばちゃんの、無念を晴らす時は、今だ。
「ご領主様と私は、この前の戦争で栄誉を賜りました。でも、知られていない所では、痛ましい運命も在ったのです。ご領主様は、《インラ》国に出向き、痛ましい運命を終わらせたはずです。それを終わらせたくないと、思っているのなら、排除させて頂くしかないですね」
えっ、〈リク〉が、いっちゃった。
それも、かなりカッコいい台詞(せりふ)だよ。
〈リク〉の身体は大きいが、今は闘気で膨(ふく)らんで、さらに倍だ。
のっぺりと無表情だけど、それが反って本気を強調している。
声も大きくはないが、地獄の底から聞こえてくるような重低音だ。
台詞って言ったけど、これは完全にマジで怒っているな。
今夜は、血の雨が《ラング》に、降るかも知れないぞ。
ド失礼なジジイは、完全にビビッたのか、慌てて店を飛び出して行きやがった。
ふん、弱いものいじめしか出来ない、卑怯者めが。
腰を抜かしたような逃げ方が、笑いを誘うぜ。
だけど待てよ。僕だけ何も言えなかった。
僕も、すごく怒っているから、言ってやりたかったのに。
中途半端感が、相当きついぞ。
「皆さん、ありがとうございます。代わりに、言いたいことを、言って貰いました」
店主が、深々と頭を下げている。
「すみません。私のせいで皆さんに、不快な思いをさせてしまいました」
「奥さんのせいじゃないぜぇ。あのジジイが、全部悪いんでぇ」
船長。お前が言うなよ。
「女将さんは、被害者だよ。俺達も、言いたかったことが言えて、スッキリさせて貰ったぐらいだ」
他のお客さんは、すごく好意的で、店の雰囲気は一変した。
〈マサィレ〉は、黙って頷(うなず)いているし、〈リク〉は少し赤い顔をしている。
格好つけ過ぎたと思っているんだろう。
確かにあれは、恥ずかしい。今夜ベッドで、悶絶(もんぜつ)しているぞ。
店の雰囲気は、劇的に変ったが、少し消化不良感もある。
ド失礼なジジイが、謝りもせずに、逃げやがったからだ。
「皆、聞いてくれ。《ラング》の町に、新しく良い店が開店したんだ。記念に乾杯をしよう。今日の酒代は、全部、僕が持つから一緒に飲もう。大将も奥さんも、一杯だけ付き合ってよ」
はぁー、結局僕は、お金を出すだけになってしまったな。
これじゃ、金をばら撒いて、好感度を上げるしかない。鼻持ちならない貴族の坊ちゃんだよ
「わぁー、さすがは、ご領主様だ。太っ腹だよ」
僕は、そんなにメタボじゃないぞ。
「やったー、ご馳走になります。《ラング》に、生まれて良かったです」
大袈裟(おおげさ)過ぎると思う。嘘っぽい声にしか聞こえないな。
「ひゃー、ありがとうございます。運が良いな。良い日に飲みに来ましたよ」
まあ、そうかもね。今日は、良い日にしてあげたいな。
「それじゃ、皆のより良い明日を願って。カンパ~イ」
店の皆が、グラスを掲げて、大きな声で「かんぱい」と叫んだ。
店主も奥さんも、グイッとお酒を飲みほしている。
良い飲みっぷりだ。
船長が調子に乗って、次は自分が乾杯の音頭をとろうとしたけど、〈マサィレ〉にとられてやがる。
その悔しそうな顔を見て、皆は大爆笑だ。
「なんでぇ。俺っちをこけしやがってぇ」
ガマガエルなんだから、こけに埋まっていろ。
「えっ、今のは〈マサィレ〉と寸劇(すんげき)をしたんだろう。間が素晴らしく良かったな」
「えぇー、寸劇。そ、そうでぇ。寸劇で笑いをとったんだ。俺はよお。王都で俳優をしてたんでぇ。もちのろんで、二枚目だぜぇ」
船長の二枚目発言で、また皆は大爆笑だ。
あんたは偉い。
自慢する度(たび)に、皆を優越感に浸(ひた)らせるよ。
ただ、本人は気分を害したようで、〈マサィレ〉の頭にヘッドロックをかけている。
おいおい、おっさんのくせに、青年のようなノリだな。
〈マサィレ〉も、「痛い」「痛い」と言う割には、全然怒っていないようだ。
コイツは、やっぱり少し変態なんだ。
その後も、代わる代わる乾杯が続いていく。
もう止めようよ。かなり飲んでしまったぞ。
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