第453話 新住民の多幸を祈って

 〈マサィレ〉と〈リク〉と船長とで、飲みに行くことになった。


 許嫁達のメイドを投入したから、〈マサィレ〉にも、少し暇が出来たんだ。

 それに僕も、今は、許嫁達と少し距離を置きたいと思っている。

 許嫁達にダメ出しされて、傷ついたのでは、断じてないと言っておこう。


 今回は、〈マサィレ〉の仲間の、元奴隷改め新住民の人が、やっている料理屋だ。

 その人は、領地軍の主計科で食事を任されていたらしくって、美味しい料理を作るそうだ。

 〈マサィレ〉曰(いわ)く、限られた食材で、美味しい食事を作れる天才らしい。


 僕は、それを真に受けて、開店資金を丸々投資してしまった。

 一度も店をやったことがない無一文の人に、担保もなしで、金を貸してしまう愚かさだ。


 新町の空き地を、何としてでも埋めたいという気持ちが、先行し過ぎた面もある。

 人は追い込まれると、自分の都合の良いようにしか、物事を考えられなくなるんだな。

 この経験を、今後の人生に生かすと固く誓おう。


 「あっ、いらっしゃい」


 「いらっしゃいませ」


 店を入って直ぐ、中年の夫婦が、出迎えてくれた。

 接客は及第点(きゅうだいてん)だな。

 ひょっとしたら、投資額の元本だけは回収出来るかも知れないぞ。


 「〈ソウ〉、来てやったぞ。ふふ、結構お客さんが入っているな。お前の料理は美味いから、当然だな」


 〈マサィレ〉が、嬉しそうに店主に声をかけている。


 「ははっ、何とかやっているよ。ささっ、皆さん、座ってください。今、お通しをお持ちします」


 「おっ、奥さん。久しぶりだなぁ。落ち着いたら、えらくべっぴんに、変わっちまったぜぇ」


 げぇ、この船長は何でも喰いつく、ガマガエルのような生き物だ。

 年輪を重ねた人の嫁さんに、手を出そうとするなよ。


 「あら、いやだ。船長さんは、船の扱いだけじゃなくて、お口も上手いのね」


 「げへへぇ、お口だけじゃねぇぞ。船頭だからよぉ、竿の扱いも、年季が入っているってもんさ」


 「ふふ、挿されないように、船長さんには、気をつけておかなくっちゃね」


 「ぐへぇへ、気をつけていてもよぉ。俺と気をやっちゃうんだよ」


 何を言っているんだ、コイツは。三回くらい死ねよ。

 てめぇの顔を、鏡を見てみろよ。

 ガマガエルが、鏡の中に現れて「ゲコッ」とゲップをするだろう。

 顔に脂がダラリと流れて、ゾクリと悪寒(おかん)が、身体中を駆(か)け巡(めぐ)るぞ。


 おーぉ、奥さんの顔を良く見たら、何となく覚えがあるぞ。


 今日着ている服が、グレーだったから、直ぐに分からなかった。

 この奥さんは、あの黄色いおばちゃんだ。

 黄色を着てくれてないから、分からなかったよ。


 あの時は、濃い化粧のせいで、ケバケバしかったけど、今は普通のおばちゃんだ。

 ただ、変な客の扱いは、手慣れたもんだ。

 船長の気持ち悪いセクハラにも、平気で対処しているぞ。

 〈新ムタン商会〉での経験も、無駄じゃなかったんだ。


 「〈マサ〉、この時間だから、お酒のアテで良いな」


 「そうだな。夕食はもう済ませているから、取り敢えずエールを貰うよ」


 「おう、了解だ。《ラング領》のエールは、麦が良いから美味いぜ」


 「おぉ、《ラング領》のエールは、そんなに美味いのか」


 「はぁ、飲んだことがないのですか」


 「飲んだことはあるんだが、違いが良く分からないんだよ。苦いだけだったんだ」


 「ははっ、お客さんは、まだ若いからな。若いって、良く見たら、若領主様じゃないですか。ご挨拶もせずに誠に失礼しました。ご支援、ありがとうございます」


 「あっ、若領主様。良くおいでくださいました。何から何まで、お世話を頂き本当に感謝しております」


 若領主様って何だよ。父親はもういないから、若はいらないんだよ。

 船で《ラング領》に来たから、船長の悪い影響を受けてしまったんだな。


 「ははっ、堅苦(かたくる)しいのは、止めようよ。酒の席だから、もっと気楽にいこう」


 「はぁ、分かりました。息抜きにこられているのに、邪魔をしたらいけませんよね」


 「がははっ、若領主は、細めけぇことで、怒る男じゃねえぞ。俺の薫陶(くんとう)が、良いからなぁ」


 誰が、船長の薫陶を受けた。

 てめぇは、毒草の煙に燻(いぶ)されて、ガマガエルの燻製(くんせい)になってしまえ。


 「皆さん、エールを持っていますか。それでは、《ラング伯爵》様の音頭で、乾杯しましょう」


 「僕の音頭で良いの」


 「それが普通だと思います」


 〈リク〉が、初めて放った言葉がこれだ。何だかな。


 「早くやれよ」


 船長は、飲ませない方が、良いんじゃないか。もう、絡み酒だ。

 ガマガエル的には、泥水の方のが調子が良いと思う。


 「〈マサィレ〉を始め、新住民の多幸を祈って、カンパ~イ」


 僕達は、アテを摘(つ)まみながら、エールをグビグビ飲んだ。

 店主が作ったアテは、どれも手が込んでいて、見た目も綺麗だった。

 もちろん、味の方も繊細で、素材を生かしているのが、僕でも分かるほどだ。


 店主が「《ラング領》の作物はどれも高品質で、料理のし甲斐があります」と褒めてくるので、滅茶苦茶テンションが上がってしまう。

 ニマニマと気持ち悪い顔をしていたと思う。

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